魔法道具63
翌日から氷の女王の家へと通いだしたヒヅキだが、氷の女王は家にほとんど帰っていないようで、会う事は叶わない。
「まぁ、あの馬鹿でかい首都をほとんど独りで護っているのだから、首都から距離のあるこの町へはそうそう帰れないよな」
氷の女王の家を外から眺めながら、ヒヅキは遠くに語り掛けるように声を漏らす。その苦労の一端ぐらいはヒヅキにも理解出来た。
ヒヅキは氷の女王の家へと通う傍ら、鍛冶屋の様子も窺う。しかし、鍛冶屋の店主はいつものように鍛冶場に籠っているだけで、義手がいつ頃出来上がるのか見当もつかない。
そんな日々を一月ほど送り、宿屋に部屋を取っている日数も迫ってきた。
「それで、まだ店主は工房から出てこないの?」
夕食を食べながらのリケサの問いに、ヒヅキは困ったように頷く。
「そっか。どれぐらい掛かるんだろうね」
「通常はどれぐらい掛かるものなのでしょうか?」
軽く首を傾げたリケサへ、ヒヅキは何か目安はないかと思い問い掛けた。
「そうだね。普段だと、数年ぐらいかな」
「そんなにですか!?」
リケサの返答に、ヒヅキは驚いたような声を出す。
「魔法道具だからね。普通の義手なら数ヵ月程度だけれど、魔法道具になると倍以上の時間が必要だね。それでも、今は他に注文もないからもう少し早くなるだろうが、正確な数字は僕には分からないね」
「そうですか」
意図を察してのリケサの答えに、ヒヅキは残念そうな声をだした。それにリケサは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「しかし、最初に数ヵ月ほどと言っていましたから、もうすぐだと思うのですが」
「まぁ、そうだね。それで、もうすぐ三ヵ月経つけれど、どうする?」
リケサの問いに、ヒヅキは考えるように目線を落とす。
そんなヒヅキをしばらく眺めたリケサは、徐に口を開いた。
「前も言ったけれど、別に後払いでいいから、日数が分からないなら、このまま出来上がるまで泊まってく?」
「よろしいのですか?」
「最後に清算してくれればいいよ。値段も変わらず安くしておくからさ」
冗談っぽい口調でそう言うと、リケサはどうするかと視線で問い掛けてくる。
「では、お言葉に甘えまして」
そんなリケサに、ヒヅキが頭を下げつつそう返すと、リケサは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「といっても、あの店主が最初に数ヵ月といったのであれば、直ぐに完成するだろうがね」
軽く肩を竦めてみせると、リケサは夕食を再開させる。
それに「そうですね」 と相づちを打ちつつ、ヒヅキも再度夕食に手を付けていく。そのままお互いに口を開かぬまま、二人は夕食を食べ終えた。
「今日も美味しかったです」
食事を終えたヒヅキは、そう言って夕食の感想を伝えていく。それが済むと、机の上に残っていた最後の本を手に取って自室に戻った。
「これで最後か」
持ってきた本を机の上に置いたヒヅキは、その一冊のみが載っている机へと目を向けて呟く。
「興味深いモノもあったが、目ぼしい情報は無く、未だに氷の女王には会えない。義手だってまだ完成していないからな……ふぅ。進展の無い三ヵ月だったな」
椅子に腰かけたまま、視線を天井近くに在る採光用の窓へと向ける。そこから青白い光が入ってきているも、時折遮られて暗くなる瞬間があった。
「明日は雨だろうか?」
そんな光の様子に、ヒヅキは面倒そうにそう口にする。明日もまた氷の女王の家へと向かう予定ではあるが、雨の中だと少し面倒だなぁという思いが浮かんできて。
「まぁいいか」
一度立ち上がって部屋の明かりをつけた後、椅子に座り直して視線を机の上へと移したヒヅキは、本を手に取り表紙を一撫でして捲っていく。最後の本も童話ではあったが、これは創作作品らしく、教育の為の本といった感じであった。
その本を夜が明けるまで読み耽り、ヒヅキが本から顔を上げたのは、リケサが朝食の準備が出来たと呼びに来た時であった。