魔法道具61
その後も軽く雑談を交わしながら朝食を食べていき、ヒヅキは朝食の感想と礼を告げて食堂を後にして自室に戻る。
「鍛冶屋に行くなら、この不用品も持っていくかな」
荷物入れの上に置いていた容器を机の上に移すと、荷物入れのふたを開けて中から背嚢を取り出し、背嚢の中へと、一緒に荷物入れの中に保管していた不用品を詰め込んでいく。
あれから大して荷物は増えていないので、元々入っていた分ぐらいであればなんとか収納できた。
「よし、これでいいか」
背嚢を閉じてそれを背負い、荷物入れのふたも閉じて自室を出ると、そのまま宿屋を後にする。
「さて、今は何処に居るのか」
鍛冶屋へと足を向けながら、店主の気配を探っていく。前回は鍛冶屋が閉まっており、店主は工房に籠ったままであった。
「んー……まだ工房か。移動する感じでもないし、まだ義手を造っているところかな」
あの鍛冶屋には、昔は店主以外の店員も居たのだが、どうやら今は店主のみらしく、鍛冶屋の方には誰の気配も感じない。スキア騒動で避難しているのかもしれない。
足を止めたヒヅキは、疲れたように息を一つ吐き出した。
「後どれぐらい掛かるのか尋ねたかったが、作業中ではしょうがないか」
訪ねて邪魔をしては、時間を余計に浪費させたり、品質が落ちるかもしれないと判断したヒヅキは、鍛冶屋から氷の女王の家が在る方角に足を向けた。
「氷の女王は……今は不在か」
先行して気配を探り、今から向かう先に何者かが居る気配がない事に、残念そうに肩を竦める。
「まぁ、時間は在るからな」
気を取り直しつつ、ヒヅキは背嚢の位置を軽く調節すると、歩く速度を僅かに上げていく。
道の先に在る森の中に入り、木々の合間を縫うようにして進んでいく。森の中の移動も慣れたもので、木の根が足を引っかけようとでもするかのように、うねるように地面から顔を出していても、ヒヅキはそれを意に介さず進んでいく。
朝に宿屋を出たヒヅキは、昼頃には氷の女王の家に到着する。そこは他より一回り以上小さな木の中に造られた家で、とても広いようには見えない。
一応扉越しに呼びかけてみるも、反応は全くない。やはり誰も居ないのだろう。
勝手に入る訳にはいかないので、ヒヅキは少し離れた場所に立つ木へと肩を預けて寄りかかると、氷の女王が帰宅するのを待つことにする。
「ふぅ。会うことが出来るのだろうか? まぁまだ数ヵ月はあるだろうし、のんびり待つとするか」
一度身体を離して背嚢を降ろすと、向きを変えて背中を木に預ける。
それからジッと家の方へ目を向けながら、時を過ごす。しかし、日が暮れてきても家主が帰ってくる気配がなく、ヒヅキはそろそろ戻るかと、木から背を剥がした。
「ふぅ。また明日来るかな。毎日来ればいつかは会えるだろう」
ヒヅキは背嚢を背負い直すと、時間を持て余している為に軽くそう考えて、来た道を戻っていく。宿屋へはそう掛らずに到着すると、自室に戻って背嚢を降ろし、不用品を荷物入れの中に戻していく。
それが終わると、机の上に置いていたままだった容器を背嚢の中に仕舞う。荷物入れのふたを閉じたところで、扉が叩かれた。
「はい?」
「夕食が出来たけど、どうする?」
「今行きます」
「了解」
扉の前から立ち去るリケサの気配を感じながら、ヒヅキは立ち上がり部屋を出ていく。
部屋に鍵を掛けてから食堂に移動すると、いつもの机の上に料理の載った盆が2つ置かれ、その1つの前にリケサは既に腰掛けていた。
そんなリケサと軽く挨拶を交わして、ヒヅキも向かいの席に腰掛ける。二人が揃ったところで、二人は食前の祈りを捧げて夕食を食べ始める。
「それで、どうだった?」
夕食を食べ始めてすぐにそう問い掛けてきたリケサへと、ヒヅキは収穫無しと頭を振って答えた。
「そっか。どっちも?」
「はい」
「なるほどね」
ヒヅキの返答に、リケサはしょうがないとばかりに軽く肩を竦めて返した。