魔法道具60
夕食を食べ終え、食堂から自室に戻ると、ヒヅキは部屋の明かりを点けて椅子に腰かけ、読書の続きを行う。
本の内容はそれほど難解なものではないが、エルフ語で書かれた書物である為に、人間の言語に最もなじみがあるヒヅキには、人間の本を読むよりは若干多めに時間を要した。
それでも読めない訳ではないので、ぺらりぺらりと本を捲っていく。
「……………………」
製紙技術は人間よりもエルフの方が上なのか、カーディニア王国で読んだ本よりも紙に柔軟性があり丈夫そうで、また捲りやすい。
製本に関してはよく分からないが、現在読んでいる本の方が、カーディニア王国で読んだ製本された本よりも綺麗に綴じられているような気がした。
「……………………」
とはいえ、本は読めさえすれば何だっていいと思っているヒヅキには、それはあまり関係のない事ではあったが。
しばらく黙々と読書を続けていたヒヅキは、ふと顔を上げて採光用の窓の方へと目を向ける。
「……そろそろ読むのをやめるか」
そこから薄っすら見える空の色は大分薄くなっており、そろそろ地平の彼方に日の光が見えてきてもいい頃合いの色であった。
ヒヅキは本を閉じて机に置くと、部屋の明かりを消してベッドに横になる。
「寝る、か」
横になったヒヅキは、目を閉じて意識を闇に沈めながらそう呟く。寝るという当たり前のことに妙な感慨を受けての呟きであった。
そして少し経ち目を開くと、ヒヅキは周囲の様子に目を向ける。天井付近から漏れる明かりは明るく、既に朝なのが窺える。
ヒヅキは上体を起こしてベッドから降りると、軽く伸びをして身体の調子を確かめていく。昨日の時ほど身体が固まっているような感じはなく、頭がぼうっとするような事もない。
「ふぅ」
それに安堵して、ヒヅキは背嚢から取り出した水瓶の水を、出しっぱなしであった容器に注いで飲む。
水を飲み終えると、背嚢の中に水瓶を仕舞いつつ、容器は荷物入れの上に戻す。
そうした後に本を1冊手に取り部屋を出ると、空腹を刺激するいい匂いが漂ってくる。その匂いに釣られるようにして食堂へ移動しつつ、今日は何をしようかと考える。
町の様子は変わらないだろうし、かといってどこかに行く当ても無い。
「んー、どうするか。また氷の女王の家を訪ねてみるかな?」
そんな事を思いつつ食堂に到着すると、リケサと挨拶を交わして、本を返却していつもの席に着く。相変わらずたくさんの皿が机を埋め尽くしているが、それももう大分見慣れてきた。
二人は食前の祈りを捧げると、朝食に手を伸ばしていく。
朝食を食べていると、リケサがいつもの問いを行う。
「今日はどうするの?」
その問いに、ヒヅキは困ったような顔で思案すると、先程考えたことを伝えた。
「ああ、そういえば前は会えなかったんだっけ」
「はい。今回は時間も在りますから、少しゆっくり待てますので」
「そうだねぇ。でも、毎日帰ってきているという訳ではないようだからな」
「そうですか。しかし、時間は十分に在りますから」
「まぁ、そうだね」
「ああそれと、一応鍛冶屋にも立ち寄ってみようかと」
「義手か、まだ出来てないんじゃない?」
「だと思いますが、そろそろどれぐらいで出来るかの目安ぐらいは分かるのではないかと思いまして」
「なるほどね」
リケサは納得したように頷くが、鍛冶屋のあの店主は工房に籠っているようなので、訊けるかどうかは分からない。なので、とりあえず邪魔だけはしないようにしておこうとヒヅキは留め置く。
「それじゃあ、義手がまだ掛かりそうだったら、ここの宿泊期間も延長かな?」
「そうなりますね」
「そっか。その時は教えてよ」
「はい。勿論です」
ヒヅキの頷きに、リケサは商売人の顔で笑うも、そこには少し本当に嬉しそうな色も見受けられた。