魔法道具57
周囲に誰も居ないのを確かめながら橋まで歩いて近づくと、早速橋を渡っていく。
こちらの橋は行きに渡った橋とは違い、全体が積み上げられた石で出来ているようで、基となる石柱部分は、更に金属製の網で囲われている。
橋の上は胸元辺りの高さの欄干が左右に設置されており、上下に僅かに曲線を描く道は、野ざらしの割には綺麗に掃除されていて、こちら側が使われている橋である事が窺い知れるが、それも大分前までの話の様で、行きの橋ほどではないにせよ、所々汚れが目立っている。
そんな石橋を周囲を見渡しながら進んでいくも、ゆったりと流れる河が目に入るだけで、橋にはこれといって目立つモノは無い。
数日掛けて橋を渡ると、昼前に対岸に到着する。
「こちらは壊れていなかったな」
振り返り橋に目を向けたヒヅキは、対岸まで無事に辿り着けた事に安堵と皮肉の混じった声を出した。
そのまま宿を取っている町へと向けて移動すると、日が暮れた頃に到着する。
「ああ、おかえり」
宿屋に帰ってくると、丁度受付で何か作業をしていたリケサに迎えられる。
「ただいま戻りました」
「夕食はどうする? 今からなら簡単なものしか用意できないけれど」
リケサの問いにヒヅキは少し考え、いつもよりも遅い時間なので今から準備させるのも悪いと思い、首を横に振った。
「今日は疲れましたので、もう寝てしまおうかと」
「そっか。それで、何処まで行って来たの?」
「首都から少し離れたところまでですね」
「へぇー。まぁ、無事で何よりだよ」
安堵したようなリケサに、ヒヅキは心配かけたと軽く頭を下げる。
「それでは、私は部屋に戻らせて頂きます」
「ああ。ゆっくり休むんだよ」
ヒヅキはそう断ってリケサとの話を切り上げると、借りている部屋の中へと入っていく。
「ん。そこまで疲れていないはずなのに、なんだか疲れたな」
背嚢を荷物入れに仕舞ってベッドで横になったヒヅキは、そう呟いて瞼を閉じる。
今までであればそれでも眠ることは叶わなかったのだが、あの謎の声との話し合いのおかげか、ゆっくりとながらも睡眠に入っていく。
そんなヒヅキを、ベッドの横に姿を現したウィンディーネが、興味深そうな目で見下ろす。
しかし、そんな状況になっているヒヅキはというと、直ぐに入眠出来たおかげで、特にそれに気がつく事もなく、そのまま朝を迎えた。
「ん、んー!」
周囲を確かめながら目を覚ましたヒヅキは、上体を起こして伸びをすると、固まった身体のコリをほぐすように肩を回す。
随分と久しぶりに長時間眠ったような気がして、ヒヅキはボーっと採光用の窓がある天井付近の壁を眺めて、ゆっくりと思考が回転しだすと、緩慢な動きでベッドから降りる。
「はぁ。なんか逆に疲れた気がするな」
精神的には元に戻ったものの、長時間の睡眠で肉体的に疲れたような気がして、ヒヅキは疲労の濃い息を吐いて緩慢な動きのまま荷物入れに近づくと、そこから背嚢を取り出して中から水瓶を取り出した。
「えっと、容器は……」
背嚢の中から水を注ぐための容器を取り出すと、それに水瓶の水を注いで、容器一杯分の水を飲み干す。
「……ふぅ」
水瓶を背嚢の中に仕舞い、背嚢を荷物入れの中に戻す。使った容器は、荷物入れの上に置いた。
水を飲んだ事で少し力が出たヒヅキは、軽く身だしなみを整えて外に出る。
部屋の外に出ると、鼻孔をくすぐるいい匂いが漂っていた。ヒヅキはそれにつられるように、食堂へと足を向ける。
「おはよう」
入ってきたヒヅキに目を向けたリケサは、机の上一杯に料理を並べていた手を止めて、朝の挨拶をしてくる。それにヒヅキも朝の挨拶を返して、久しぶりにいつもの席に腰掛けた。
程なくして机の上に料理を並べ終えたリケサがヒヅキの向かい側に座り、二人は食前の祈りを捧げてから料理を食べ始めた。