魔法道具54
木の根がむき出しになっている地面へと無造作に放られたそれは、強かに身体をぶつけると一瞬低く呻くような声を小さく漏らすも、それ以上動く様子はみられない。
それに周囲のエルフは嘲笑のような笑い声をあげる。さながら見世物といったところだろう。
中にはそれを指差しながら何か話をしているが、他のエルフの笑い声が邪魔で会話がはっきりとは聞こえてこない。それでも断片的に聞こえてきた会話を脳内で繋げたヒヅキは、僅かに目を細めた。
(己ら以外はすべて下に見るエルフ、ね)
特に首都のエルフにその傾向が強いとは聞いていたヒヅキは、エルフに背を向けて地面に転がっている相手と、それで遊ぼうとしているエルフ達に目を向け、納得する。
(あのエルフ達は主に兵士達だろう。中には冒険者も混ざっている感じだが、それでも大したことはないな)
見事な装備で身を包もうとも、中身が未熟では意味がない。というのを体現しているかのようなエルフ達に、ヒヅキは少し呆れたように口角を動かす。あれではスキアに圧されるのも理解出来るし、ヒヅキにとっては、わざわざ高価な装備を手元まで運んできたようにしか思えない相手であった。
(そして、あの倒れているのは何の種族だ? エルフ族ではないのは確かだろうが)
ケラケラと笑いながら、エルフ達は手にしていた槍や剣の先で、地面に倒れている相手をチクチクと突き刺していく。軽く突く程度なので傷は浅いが、それでも痛みは在るだろう。しかし、突かれている相手にそれに反応した素振りはみられない。それだけ弱っているということか。
そんな相手の反応にエルフ達は苛立ったのか、エルフの一人が地面に転がる相手の横へと移動すると、腹へと勢いよく蹴りを入れる。
蹴られたぼろ布のようなそれは、勢いよく口から空気を出して少し転がるようにして移動する。その際に僅かに見えた顔で、ヒヅキは相手の種族に見当がついた。
(人間か)
ヒヅキと同じ種族ではあるが、だからといって特別どうこう思うような事はない。
エルフ達は反応の鈍い相手に興が醒めたのか、転がったそれへと近づいて強く頭を踏みつけると、手にしていた剣で横腹を突き刺した。
「ぐぁ」
それは小さく呻きを漏らすも、それだけであまりに反応が鈍い。既に瀕死で、意識もろくに無いのだろう。
剣を突き刺したエルフは、突き刺したままの剣を捻るも、それでも反応は弱弱しい。それにつまらなさそうに顔を歪めたエルフは、頭を踏みつけている足を持ち上げ、それを勢いよく振り下ろす。それを数度行うも、既に反応は帰ってこなくなっていた。
エルフは機嫌悪そうに舌打ちをすると、最後に頭を思いきり蹴り上げて、他のエルフ達と共に町の奥へと消えていった。
それを確認したヒヅキは、隠れていた場所から姿を現し、倒れている相手へと近づく。
「…………」
それは、白髪混じりの色素の薄い茶色の髪をした人間の男性で、顔は腫れ上がているが、それは今しがた腫れあがったものとは違うようであった。
男性は服だけではなく肌も髪もボロボロで、明らかにろくな生活を送っていなかったのが判る。何より、首には少し前に見たばかりの黒の首輪がつけられていた。
「この人も奴隷か」
もしかしたら、この辺りはエルフ以外は全て奴隷なのかもしれないと思いつつ、ヒヅキは視線を上げてエルフ達が消えていった方角に向ける。
「それにしても、あのエルフ達はここに何をしに?」
盗賊などの類いではなく、明らかに正規の兵士だろう出で立ちだった先程のエルフ達に、ヒヅキは首を傾げる。現在も首都はスキアの襲撃を受けているというのに、外に遊びに行くような余裕があるとも思えないが。
「…………ふむ」
少し考えたヒヅキは、調べてみる為にエルフ達の後を付けてみる事にして、気配を殺しながら慎重な足取りで森の奥へと移動を始めた。