魔法道具50
「お気持ちだけで結構です。私は旅をしていますので、そういうものは必要ありませんし」
ヒヅキは困っているというのをしっかりと表情に出しながら、獣人の申し出をきっぱりと断る。
「しかし、それじゃあ……」
流石に自分と仲間の命を助けてもらい、呪縛から解放までしてもらった対価がエルフ硬貨数枚だけ、それも1食さえまともに摂れないような額だという事に心苦しく思うのだろう。かといって、正当な対価と思うような額を用意も出来ないので、差し出せるものは己が身ひとつのみだったのだが、それもヒヅキにはっきりと拒絶されてしまい、獣人は困ったような声を出す。
「約定通りに対価を頂いたのです。これ以上は求めるものではないでしょう」
「しかし――」
尚も言葉を続けようとする獣人に、ヒヅキは判りやすくため息を吐いた。
「貴方は自身の持つ全てのお金を対価に仲間の首輪を外すことを頼み、私はそれを受けて承諾し、それを実行した。そして、貴方から対価として持ち金の全てを頂いた。これで契約は完了しています。それとも、まだお金を持っているので?」
「い、いや。それで全てだ。俺のような者は、それぐらいしか手に出来ないから……」
悔しげにそう口にした獣人を眺めて、ヒヅキは肩を竦めた。
「ならばこれで契約は完了です。報酬は十分に頂きました」
「……………………」
獣人は全く納得していないようで、未だに不満げな雰囲気を纏っている。
「それとも、貴方には私がそんなに強欲な人間に見えているのですか?」
「そ、そんなことはない!!」
わざとらしく首を傾げたヒヅキへ、獣人は慌ててそう声を出した。
「ならそういう訳で、これで話は終わりです。それでひとつ訊きたいのですが、貴方方は何故エルフの国に?」
その問いに、獣人達は顔を見合わせ、どう説明しようかといった表情を見せる。
「ああ、別に話したくなければ話さなくともいいですよ」
「いや、話す。といっても、別に難しい話じゃないんだが――」
そう断りを入れて話し出した獣人達の話は、とても単純で分かりやすかった。要は口減らしだという。
「干ばつですか」
現在獣人の国では、干ばつがもとで深刻な水不足に陥り、作物は勿論のこと、獣人達が生きていく為の水でさえも不足しているほどなのだとか。そんな中で貴重な食料や水を確保するために、彼らは捨てられたのだという。
それも口減らしの為にただ捨てられたのではなく、食料や水をどうにか購入するための資金として、ちょうど獣人の国を訪れていた奴隷商に、食料と水との交換で売られた。
それから程なくして、獣人達は商人に連れられて、他の奴隷仲間達と共にエルフの国を訪れていた。そこで彼らは労働力として買われたようだが、買ったエルフは、獣人達を替えの利く使い捨ての労働力程度にしか見ていなかったようで、それからは酷使される日々が始まった。
そんな日々を過ごしていると、今回のスキア襲撃に遭遇したらしい。彼らを買った主人は、スキアに襲われ死んだとか。
住んでいた町がスキアに蹂躙される前に、運よく逃げられた三人は森の中を彷徨っていたという話らしい。
しかしさらに詳しく話を聞いていくと、奴隷仲間の首輪もどうにかして欲しいと頼まれた。近くに数名ほど奴隷仲間が生きているのだとか。
「………どれぐらい居るのですか?」
「そんなに数は居ない。全員まだ生きていれば、あと三人だけ」
そう話した獣人は、先導するように視線を向けたを先へと目指して歩き出す。ヒヅキは少し思案してからそれを追ってついて行く。特に返事はしていないが、こちら側の様子を見てみるのも必要かと考えた為であった。
先導する獣人と、倒れていた仲間を担いでついてくる獣人に挟まれながら、ヒヅキは先導されるがままに森の中を進む。
それから小一時間ほど森の中を進むと、先導していた獣人が足を止めて周囲を窺いだした。