魔法道具49
「ありがとう! 本当に感謝するよ!」
明るい声で獣人が感謝の言葉を口にすると、ヒヅキは呆れたような雰囲気で小さく息を吐いた。
「そういう言葉は、助かってからの方がいいと思いますよ? まだ確実に助かる訳ではないのですから」
「しかし――」
「貴方はたまたま助かった。という可能性もあります。あまり過大に評価されましても、結果次第では落胆が強くなるだけですよ? それで怒りをぶつけられても困ってしまいますし」
ヒヅキの淡々とした言葉に、獣人は首を横に振る。
「誓ってそんな事はしない。我らはここで尽きていたはずの命なのだ。それを食事を与えてくれただけでも命の恩人だというのに、更にはこの忌々しい首輪まで外してくれるような相手。こちらから首輪を外すことを頼みこんでおいて、失敗したからと怒りをぶつけるような愚かな真似は絶対にしない」
真摯な目と声での言葉に、ヒヅキは「そうですか」 とだけ返して、もう一人の獣人の首輪へと右手を伸ばす。
「では、始めますよ?」
「お、お願いする!」
緊張しながらも、はっきりとした口調で獣人はヒヅキに命運を委ねる。
その言葉を聞いたヒヅキは、先程と同様に首輪と首の接触部分の魔力を探って、終端を探していく。
「ん? ふぅん」
首輪に触れながら、ヒヅキは小さく感心した様な声を上げる。
「ど、どうしたんだ?」
それに隣の獣人が焦ったように問い掛けてきた。
「いえ、何でもないです」
ヒヅキは素っ気なくそう返しながら、首輪に集中していく。
(全部同じ、という訳ではないのか。さっきのとは魔力回路の経路や根の本数が違うな……)
こんなものでも一点ものだという可能性が高い事に、ヒヅキは改めて感心する。奴隷の首輪とでも呼べばいいこの首輪が量産品ではないというのは、素直に驚いた。
(しかし、機能は同じ。ならばやることは変わらない)
先程の首輪と同じ手順で根元を探り、その魔力回路の終端である根元に同じ処置を施してから、作業を終える。
「はぁ。さ、首輪を外しますのでじっとしていてくださいね」
「は、はい!」
緊張の中に少しそわそわとした雰囲気を纏わせて頷いた獣人になど気にも留めずに、ヒヅキは先程と同じ要領で首輪を切断して取り外した。
「これで終わりです」
「あ、ありがとうございます!!」
無事に首輪が外れると、獣人は今にも泣き出しそうな目で感謝の言葉を述べてくる。それを受け取ると、ヒヅキは残った気を失っている獣人の方に顔を向ける。
「さて、ついでです。最後にこの方ですね」
まるで死んでいるかのように気を失っている獣人に近づくと、胸の部分が小さく上下しているのを確認してから、しゃがんで首輪に右手を触れさせた。
やはりこの首輪も先の2つの首輪とは違う魔力回路や根の本数ではあったが、違いと言えばそれだけ。流石に続け様に3度目ともなれば手慣れたもので、ヒヅキは前の2つの首輪の時よりも手早く作業を終えると、無事に気を失っている獣人の首輪も取り外した。
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
それを見届けた最初に首輪を取り外した獣人が、深々と心からの礼を述べる。
「それと、これが現在俺に払える全てです」
獣人は腰の辺りに付けていた、みすぼらしい小さな袋を取り外すと、それを申し訳なさそうな声と共に、両手でヒヅキへと差し出す。
それを受け取ったヒヅキは、左の二の腕部分と胴体で袋を挟むと、右手で器用に閉じ紐を開放して中身を確認する。
「確かに」
中に入っている数枚の価値の低い硬貨を確認したヒヅキは、そう言って頷きながら紐を閉じて、それをなんとか片手で背嚢の中に入れた。
「本当にそれだけでよかったのか!? 他に払える物はないが、労働力としてならまだ使えると思うが!」
「折角開放したのですから、それでは同じでしょう」
「いや。お前の下でなら、喜んで働こう!」
力強くそう言い切った獣人へと、ヒヅキは暑苦しそうな目を向ける。