魔法道具45
橋の上も変わらず静かなもので、自らの足音以外では水の流れる小さな音しか聞こえてこない。岸辺から離れたので、葉擦れの音すら耳には届かない。
「確認出来る限りは誰も居ないな」
橋には緩やかな傾斜があるとはいえ、遮る物の無いほぼ一直線な道なので、結構遠くまで見通せる。それでも対岸まではまだ見えないが。
それだけ見通しがいいというのに、進行方向には誰の姿も確認出来ない。
そのことにエルフの現状を再認識させられたような気がしつつも、ヒヅキは足の下を流れる河を眺めながら歩いていく。
「魚は……見えないな」
魚影らしきものを探して目をあちらこちらに向けるも、水面に顔を出している岩や上流から流れてくる木などは見掛けても、魚らしき姿は一向に確認出来ない。周囲が薄暗いのも原因かもしれない。
「よほど深く潜っているのか? 残念だ」
顔を前に戻して、ヒヅキは歩いていく。周囲は暗いが、橋は一本道なので、迷うような事はない。橋には胸元ほどの高さの欄干もあるので、そうそう河に落ちるような事にはならないだろう。
「しかし、この橋は使われているのだろうか?」
歩きながら足下をみると、轍の跡などが見受けられるものの、全体的に古いような気がする。感じからして、もう久しくこの橋は使われていないのだろう。
「スキアの影響なのか、それとも元々使われていなかったのかは分からないが、後者であればその理由がありそうだが……さて、なんだろうか」
考えるも、情報が無さ過ぎて答えは出てこない。何処か腐蝕でもしているのだろうか。
「まぁいい。注意しつつ、出来るだけ早く渡りきるとしよう」
念の為に歩く速度を少し上げつつ、橋を渡っていく。
それから夜が明け、昼になった頃に対岸が見えてくる。そこでやっと何故この橋が使われていないのかの理由を知る。
「……なるほど。途中から無くなっていたら、それは渡れないな」
橋は対岸まで繋がっておらず、対岸から少し離れた部分までが崩落でもしたのか、道が無くなっていた。
「まぁ、これなら渡れなくはない、かな?」
渡る為の橋の部分は無くなっているものの、それでも橋の土台となる柱の部分は何とか残っている為に、そこへと飛び移れるのであれば、まだ対岸へと渡れる可能性があった。
そういう訳でヒヅキは橋の終端まで近づくと、一度その部分を確認してから、身体能力を強化して残っている柱の上へと飛び移っていく。
「おっと」
柱の上に着地した際に少し足が滑りそうになったものの、それ以外は特に問題なく、残っていた柱の上を飛び移って対岸まで移動出来た。
岸辺は両岸ともに同じようでこぶし大の石が敷き詰められている。
「さて、とりあえず首都方面に向かってみるか。外観ぐらいは観察してみたいからな。それが済んだら周辺の散策をしたいところだが、こちらはスキアの数が多いな」
周辺を探ってみるだけで気配を察知できるスキアの数は結構なもので、河を渡っただけでその数はあまりにも違い過ぎる。
「スキアは避けたいところだが、首都方面には特に多そうだし、近づく距離も考えないとな」
などと考えつつ、ヒヅキは歩いて森の中へ入っていく。
「えっと、首都はこっちの方向だったな」
橋を渡る途中で確認出来た首都の大樹の方角を向きつつ、ヒヅキは真っすぐ歩いていく。その途中で、小指の先ほどの大きさをした食べられそうな木の実を見つけたので、食してみる。
「……硬いな」
まるで石でも齧っているような気分ながらも、何とかかみ砕けば、苦みと旨みが口の中に拡がっていく。その実は味の方は悪くないものの、やはり硬い。この硬さは、煮るなりして調理すれば何とかなるのだろうか?
「まぁいい。それでも貴重な食料だ」
ヒヅキは木の実を少し収穫して背嚢の中に仕舞うと、森の中を進んでいく。そうすると、今度はこぶし大よりやや小さい別の木の実を見つけた。
「これは食べた事があるやつだな」
それも少し収穫しては背嚢に仕舞う。そうして食料を確保しつつも、それを食べて食事とした。水は水瓶があるので困らない。