魔法道具43
夕暮れ前に宿屋に戻ると、リケサは早速釣った魚を調理しに、魚を片手に機嫌よく食堂へと移動する。
それを見送ったヒヅキは、自室に戻り着替えを済ませた。
「…………魚釣りというものは難しいんだな」
ベッドの縁に腰掛けながら、天井付近に設けられている採光用の窓を見詰めると、ヒヅキは疲れたように呟く。
餌を付けたり竿を引いたり糸を巻き上げたりと片手だけでは難しく、時には足を使ったり、肘までは残っている左手を使ったりと忙しなかった。しかし、それだけしても結局ヒヅキの釣果は無かった訳だが、一応一匹釣ることが出来たので、魚釣りというモノは経験できた。
「まぁ、もういいかな」
ひとつ息を吐いてベッドに横になると、天井に向かって右手を伸ばす。
「明日は河を渡ってみようかな。橋を渡ってのんびりと。義手が出来るにはまだまだ時間が掛かるからな」
伸ばした右手を左手の方へと動かし、失った肘の辺りに手を持っていく。
左肘辺りを確かめるように撫でると、ヒヅキは一瞬寂しげな表情を浮かべた。
「そのまま首都を目指すとして、一月ぐらいはここを空ける事になるから、リケサに伝えておかないとな。食事の準備もあるだろうし……もう少し本も読みたいからな」
ヒヅキはベッド横にある机の上に置いている、数冊の本へと目を向けた。ほとんどが寓話の類いではあるが、中々に興味深い話ばかり。ただ、知りたい事に関しては何も書かれていない。
上体を起こしたヒヅキは、ベッドの縁に腰掛け、その本の一冊へと手を伸ばす。
掴んだ一冊を膝の上に置くと、薄暗い室内で本を開く。それは持ってきた本の中では唯一の歴史書。いや、伝記と呼んだ方が正確か。
「エルフと人間の恋物語か」
あるエルフの女性と、ある人間の男性の恋物語。二人は周囲の反対を押し切り、半ば駆け落ちするようにしてエルフの国を出て結ばれる。しかし、結末はろくなものではない。なにせ、女性に飽きた男性が奴隷として女性を売ってしまうのだから。
そんな話が男女逆でも在ったり、寿命の差で人間の方が先に死んでしまう話が在ったりと、収められている物語はどれも悲しい結末を辿る。これはおそらく、人間と交わっても無残な結末しか待っていないということを伝えているのだろう。それでも、多分実際に在った話を元にしている気がする。
「種族が違うというのは大変だな」
種族としての特性もだし、文化だって異なる。外見や言語だって同じではない。しかし、それは同族間でも言える部分も多い。
「関りというものは難しいものだな」
交流の難しさについて改めて教えられた気がして、ヒヅキはそんな感想を零しながら本を閉じる。そこでリケサが夕食が出来た事が伝えに来た。いつもより遅いのは、準備を始めたのがいつもより遅かったためだろう。それに返事をした後、ヒヅキは本を机の上に戻して食堂へと移動する。
食堂ではリケサが既に席に腰掛けていた。机には先程釣ってきた魚を使用した料理が所狭しと食卓の上に並んでいる。
ヒヅキが向かいの席に腰掛けると、二人は食前の祈りを捧げて夕食に手を伸ばした。
「自分で釣った魚を食べるというのもいいものだろう?」
リケサの言葉に、ヒヅキは「そうですね」 と返すが、目の前の料理された魚を釣ったのは全てリケサなので、微妙な気持ちであった。
「ああ、それでですね」
ヒヅキはそう言って話題を変えると、森の中を散策する為に、一月以上部屋を空ける事を伝える。
「分かったよ。帰ってきたら教えてね」
「はい。分かりました」
それにあっさりそう返したリケサに、ヒヅキは頷いた。これで、明日から部屋を空けても問題ないだろう。
「気をつけていくんだよ」
「勿論です」
「明日の朝食は食べるんだよな?」
「はい。その後出発する予定です」
「そうか、分かったよ」
明日の朝の予定を確認したリケサは、そう言って何かを考えるように手を止めて料理の方へと視線を落とす。それから少しして顔を上げると、リケサは食事を再開する。
それから二人は、夕食を食べ終えるまで黙って手を動かし続けた。




