魔法道具40
「また前回みたいなことはないと思うが……」
前にスキアに襲われた猟師を助けた事を思い出したヒヅキは、周辺にスキアの気配がない事を入念に調べていく。
「スキアもエルフも誰も居ない。これならば大丈夫だろう」
そのまま何事もなく河まで辿り着いたヒヅキは、対岸が見えないほど広大な河を眺めながら一息吐く。
「しかし、いつ見てもこの河は凄いな」
元々近くに河など無い環境で育ったヒヅキは、改めて見る一面水しかないその光景に感嘆の声を出す。
「そういえば、対岸に渡る為の橋はどこだろう?」
そう思い周囲を見渡してみるも、それらしいものは見当たらない。
「もっと上流か下流の方なのかな?」
そうは思うも、その辺りは後でリケサにでも訊けばいいかと思い直す。
「しかし、大量の水か……」
ヒヅキが生まれ育った場所は、水にそこまで恵まれていた訳ではない。水辺と言えば、近くに竜神の泉が在ったぐらいで、井戸も昔に掘ったものがなんとか村に1つあったが、それも既に枯れかかっていた。
「これは飲めるんでしたっけ?」
「飲めるわよ。そのままはあまりお勧めしないけれど」
「そうですか……そういえば、魚釣りもやっていませんね」
魚釣りについてリケサに少し話を聞いたが、まだヒヅキは未経験であった。町の散策も終えたところなので、そろそろリケサに頼もうかと考えながら、ヒヅキは河を眺め続ける。
「魚……見えませんねぇ」
「ここの魚は岸辺にはあまり寄り付かないようだからね」
「そうなんですか」
「ええ。そして、水面から少し潜った場所を遊泳しているの。その分大き目みたいよ」
「詳しいんですね」
「河のことですからね」
「どういう意味ですか?」
「前にも言ったでしょう? これでも水を司っているのよ?」
「ああ、そういえば」
「それに、魚は結構献上されたりしたもの」
「そういうことでしたか」
ウィンディーネの答えに納得しながらも、ヒヅキは河を眺め続ける。しかし、やはりいくら眺めても魚影は目に出来ない。
「それにしても、こう眺めていると平和なものですね」
「そうね。たとえ他の場所が阿鼻叫喚の地獄絵図だったとしても、今この瞬間のここは平和なものね」
「……………………」
その明らかにわざとなウィンディーネの言い回しに、ヒヅキは呆れたように僅かに目を逸らした。
「それにしても、義手が完成したら何をしよう」
エルフの国での用事が終わったらカーディニア王国に戻る予定ではあるが、その前に本来の目的であるフォルトゥナに出会ってネックレスを返してもらわなければならない。
しかし、何処に居るのかも、生きているのかさえも分からないので、どうしようもなかった。
「町は散策し終えたし、首都には入れない。他に町も無いし……諦めて森を散歩するかな」
河を眺めながら今後の方針を決めたヒヅキは、天上を眺めた後に町に戻ることにする。
(戻ったらリケサに首都への行き方と、釣りについて訊こうかな)
そう考えながら宿屋に戻ると、部屋に背嚢を置いて食堂に向かう。
食堂では丁度夕食の準備を行っていたリケサの姿があった。
「おや、おかえり。早かったね」
「ただいま戻りました。今日は予定が直ぐに終わったもので」
「ああ、なるほど」
今朝に本日の予定について話していただけに、それだけで意味を理解したリケサは、納得したように頷く。
「まぁいいや。丁度夕食が出来たところだったから」
ヒヅキがいつもの席に腰掛けると、夕食を並べた盆を机に置いたリケサも向かいの席に座る。二人は揃って食前の祈りを捧げると、夕食を食べ始めた。
「リケサに訊きたいのですけれど、首都ってどうやれば行けるのですか? 今日また河まで行ったのですが、橋を見掛けなかったもので」
その途中で、ヒヅキはリケサにそう問い掛ける。
「橋ならもっと離れた場所に行かなきゃないね。橋を渡ると首都に行けるから、この町の近くには無いんだよ」
「……なるほど」
それはつまり、他種族との交流があるこの町を警戒してということだろう。そう思い至ったヒヅキは、鼻で笑うように小さく頷いた。