魔法道具38
リケサに朝食が出来た事を伝えられたヒヅキは、ベッドから降りて軽く身だしなみを確かめると、問題ないと判断して食堂へと移動する。
食堂ではいつものように机一杯に朝食が並べられ、リケサが先に椅子に腰掛けて待っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
ヒヅキが近寄りながら挨拶を返すと、リケサは観察するような目をヒヅキに向ける。
「うん。今朝は大丈夫そうだね。よく眠れたかい?」
「はい。おかげさまでよく眠ることが出来ました」
「そうかい。それは良かったよ」
リケサの向かい側に腰を下ろしたヒヅキへと、リケサは安堵の笑みを向けた。
「ご心配おかけしました」
軽く頭を下げて謝罪するヒヅキに、リケサは慌てたように手を振る。
「いやいや。元気になったなら良かったよ」
安心したような声音でそう言うと、リケサは少し離れたところに在る別の机を指差す。
「昨夜は言う機会がなかったけれど、あそこに借りられた本と家に在った本を置いといたから、好きに持っていってよ」
「ありがとうございます」
「読み終わったら、あの机に戻しておいてくれればいいからさ」
そう言うと、リケサはヒヅキに笑みを向ける。
ヒヅキが再度礼を言うと、二人は食前の祈りを捧げて朝食を食べ始める。
暫く黙って食事をしていた二人だったが、リケサがいつもの問いを行う。
「今日は何処に行くの?」
「昨日の続きを」
「そっか。気をつけてね。何かあったら頼ってくれていいからさ」
「ありがとうございます」
リケサの好意に礼を言うと、早速ヒヅキは昨日妙な感じを覚えた場所周辺には何が在るのかを尋ねる。しかし、目印となるような物もなかったので、方角とおおよその距離を伝えた。
「んーそうだな、その話の感じだと、アルコ様のお住まいがある辺りじゃないかな?」
「確か氷の女王でしたか」
前にリケサの話に出てきた異名を思い出し、それを口にする。
「そう。そのアルコ様。ヒヅキの話していた辺りに、アルコ様のお住まいがあったはずだよ」
「そうだったのですか」
しかし、だからといってあの妙な気配の正体とは限らないので、ヒヅキは頭の片隅に記憶しておくだけに留めておく。
「とはいえ、あまり家には居られないがね」
「首都のスキア退治でしたか」
「そう。アルコ様抜きでは、もう首都も満足に護れないようだからね」
リケサは呆れたようにそう言うと、小さく首を振った。
「まぁ、スキアは強いですから。大軍ともなれば対処は難しいものです」
一応そう付け足しておくが、リケサは特に気にした様子は無い。
「それにしても、その氷の女王という方は大層お強いのですね」
リケサに合わせてそう返すも、実際、単身でスキアの相手が出来るというのは、並の冒険者でも難しい。それを大軍相手にともなれば、次元が違う。
それにウィンディーネの話では、その氷の女王はヒヅキ以上に強いという。ならば、スキアの大群に勝てるというのにも納得出来るというものか。
「そうなんだよ! とても強く気高い素晴らしい御方なのだよ!」
目を輝かせるリケサ。そんな姿を眺めたヒヅキは、そういえばと思い出す。リケサはずっとこの町で宿屋の手伝いをしているからか、昔から冒険者や商人などから外の世界の話を熱心に聞いていたっけ、と。特に英雄譚がお気に入りだったような記憶が在った。
「会った事があるので?」
「ううん。遠目にしか」
「そうでしたか」
残念そうにため息を吐くリケサに、ヒヅキはそう返す。
「僕はここから中々離れられないからね」
「そうですね」
「まぁ、今は大丈夫かもしれないが、肝心のアルコ様が居ないんじゃね」
「そうですね」
リケサは気だるげに息を吐く。それだけ憧れているのだろう。
「では、ご家族と一緒に首都に行くのも手だったのでは?」
首都を防衛しているというのであれば、目にする機会も在っただろう。
「それはそうなんだけれどもさ、ここを閉めたくはなかったんだよ」
困ったような曖昧な笑みを浮かべたリケサは、そういって冗談っぽく肩を竦めた。