魔法道具35
「なんか今朝より酷くなっているような?」
食堂に入ってきたヒヅキに目を向けたリケサは、訝るように眉を動かし、心配そうに声を掛ける。
「そうですか? ……連日町を散策した疲れが出たのかもしれません」
「そう? なら夕食を食べたら早く休みなよ」
僅かに驚いたような表情を浮かべつつも、平然とそう口にしたヒヅキに、リケサは心配そうにしながらも、それだけ返すだけであった。
ヒヅキも席に着くと、二人は食前の祈りを捧げて食事を開始する。
「しかし、そうだったら、もう少しあっさりしたもののほうが良かったかな?」
机に並ぶ料理に目を向けたリケサがそう言うも、ヒヅキは「そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ」 と、にこやかに応える。
盆の上に並べられている料理は、朝よりは味が濃いものの、エルフの料理は基本的に素材の味をそのまま活かすので、多少他種族向きに作られているといっても、保存食の多い人間の料理を食べ慣れたヒヅキにとっては、まだ薄味の部類であった。
「そうか? ヒヅキがいいならこちらとしても問題ないが。気になったら遠慮しないで言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
それからも歓談しながらしっかりと夕食を摂ると、いつものように料理の感想と感謝を告げてヒヅキは自室へ戻っていく。
「…………ふぅ」
部屋に戻ったヒヅキは、ベッドの上で横になる。
(疲れたが、眠れない)
目を瞑ってみるも、やはり眠ることは出来ない。横になっているだけで疲れは取れるのだが、精神的なものまでは癒えてくれないようだ。
(さて、どうしたものか)
目を閉じたまま思案するヒヅキではあるが、問題はウィンディーネの存在であるので、何も名案が浮かんでこない。
(寝る必要もないのだが、こればかりはな)
放置していたら潰れかねない状態に、ヒヅキは困ったように目を開ける。ウィンディーネに伝えたところで、離れるつもりはないだろうから、何も変わらないだろう。
「………………もう一度寝てみるか」
再び目を瞑るも、そのせいでウィンディーネの気配を強く感じてしまい、疲れが癒えるどころか摩耗していくのを感じる。
(取り込まれる前まではここまで酷くはなかったのだがな)
前までは気にはなっても意識するほどではなかったのだが、今では嫌悪感の方が強い。その変化に困惑していると、急に意識が落ちていく。
◆
(ん、ん?)
目を覚ましたヒヅキは周囲に目を向け、首を傾げた。
(確か……)
真っ暗な世界の中で、直近の記憶を思い出す。
(寝た、のか?)
しかし、そんな記憶も無ければ、周囲にウィンディーネの気配もない事に、ヒヅキは疑問を抱く。
『まぁ、そうとも言えるかな?』
そこに届いた暗い感じの男の声に、ヒヅキは聞き覚えがあった。それは、ヒヅキに魔砲を与え、ガーデンでのスキア相手の戦闘で手を貸してくれた声。
(貴方の声が聞こえるということは、私は死にかけているので?)
『そんな事はないよ。先程君が言ったように、寝ているだけさ』
(では?)
『寝たそうだったから手を貸しただけさ』
(はぁ。ですが、貴方方はウィンディーネが抑え込んだはずでは? それとも、貴方はそれとは違うので?)
『いや、僕は君の中に住まう者だから、その認識で間違ってはいないよ』
(では、何故? 効果がなかったのですか?)
『ちゃんとあったよ。僕以外はしっかり抑え込まれている。ただ、僕にはこの程度は効果がないというだけで』
(効果がないのですか?)
『だって、君。君は赤子に押さえつけられただけで身動きが取れなくなるのかい?』
(……つまり、貴方にとってウィンディーネの力はその程度であると?)
『そうだね』
ヒヅキにとって規格外にして、声の主以外をしっかり押さえつけているというウィンディーネの力ですら、この声の主にしてみれば赤子同然という事実に、ヒヅキは驚愕する。