魔法道具34
食堂を出たヒヅキは、一度自室に戻り背嚢を回収する。不用品を荷物入れに移しても、背嚢の重量自体は大して変わりはしない。
背嚢を背負ったヒヅキは、宿屋を出て昨日の続きから散策する為に、町の中を移動していく。
「……少し雲が多いかな?」
その道中に空を見上げると、天井のように広がる枝葉の間から見える空の様子は、時折太陽が雲に隠れて見えなくなっている。
「まぁ、雨は降らないだろうからいいけれど」
昨日の続きから散策を開始したヒヅキは、周囲を見渡すと、静かな家々に目を向ける。
「気配は無い、か。かつての賑わいを知っているだけに、ここまで静かだと何か不思議な感じだな」
少し楽しげに呟くと、ヒヅキは町の外周部分に沿って、その近辺をぐるりと回っていく。
「どこまで行っても森だが、何だか妙な気配を感じるような、気のせいのような?」
眉根を寄せたヒヅキは、怪訝そうな表情で周囲に目を向けていくが、特に気になるモノは見当たらない。
「うーん…………何だろうこの妙な感覚は? どことなく懐かしい感じもするし」
喉元まで言葉が出かかっているようなもどかしさに苛まれつつも、ヒヅキは歩みを進めていく。どれだけ探ってみても、妙な気配の出所は掴めない。
「近くに何か在るのか、それともここに何かが居るのか……」
姿を消している時のウィンディーネにも似た掴みどころのない気配に、ヒヅキはとりあえずその場から離れてみる事にした。
それから少しの間移動すると、先程まで感じていた妙な気配が嘘のようになくなる。
「やはり、あの辺りに何か居たのか、それとも何か在ったのか……ふむ。戻ってみるか」
ヒヅキは踵を返して、先程妙な感覚に苛まれた場所まで戻っていく。しかし。
「……今回は何も感じないな。何故だ? うーん。先程まで何かが居て、それが去ったということか?」
立ち止まって考え込むヒヅキだが、特に答えは出てこない。気配察知の範囲を拡げてみるも、それは変わらなかった。
どれだけ探っても察知できない為に、気配を探るのを諦めたヒヅキは、町の散策に戻っていく。
「ウィンディーネは先程の気配が何か分かっている……のですよね?」
「ええ。当然よ」
「そして、教えてはくれないのですよね?」
「ふふ。流石ヒヅキね。よく私の事が分かっているわ」
嬉しそうな声のウィンディーネに、ヒヅキは不快げに顔を歪める。もうウィンディーネに対する負の感情を隠す事もしなくなっていた。
「ふふふ」
そんなヒヅキに、ウィンディーネは気分を害すどころか、より楽しそうに笑う。
ウィンディーネが機嫌よくなると、ヒヅキの機嫌が降下していく。
(どうすれば離れてくれるのか)
沈んだ気分のまま町の様子を眺めつつ、ヒヅキは変わらずそう考えていく。しかし、簡単に答えが出るぐらいであれば、ここまで悩みはしない。
(ああ、邪魔だ。助けられた事もあるが、それ以上に精神的にきてしまう)
内心で溜息を吐きつつ眺める町並みは、酷くくすんで見えた。
(ここの町並みは、こんなにも色がなかったか?)
それに首を捻るも、沈んだ気持ちはそう簡単に上げったりはしない。
(………………はぁ。今日はもう戻ろう)
まだ日が沈んでもいないものの、ヒヅキは切り上げて宿屋へと戻っていく。
現在地が宿屋からそう離れていない場所であった為に、問題なく日暮れ前には宿屋に到着すると、そのまま部屋へと戻る。
「………………」
夕食までまだ時間があったので、ヒヅキはベッドで横になって目を瞑る。別に眠くは無かったが、横になりたい気分ではあった。
(………………気になるな)
ウィンディーネは姿こそ現していないが、それでもヒヅキはウィンディーネの存在だけは感知できるので、目を閉じているとそれが余計に気になってしまい、全く休めない。
結局、リケサがヒヅキを夕食に呼びに来た後に部屋を出た時には、休む前よりも精神的な疲れが増していた。




