魔法道具31
ヒヅキは重々しい雰囲気のまま考え込むと、そのままウィンディーネへと声を掛ける。
「ウィンディーネ」
「何かしら?」
「この力について教えてはくれませんか?」
「嫌よ」
「このまま私が取り込まれる事になったとしても、ですか?」
「ええ。それでも教えられないわ」
「………………」
その返答に、ヒヅキは口を固く閉ざす。このまま今一度口を開こうものなら、苛立ちに任せて暴言を吐いてしまいそうだったから。
「それはヒヅキ自身が辿り着かなければ、本当の事は分からないもの」
「………………」
表情無く見詰めるヒヅキへと、ウィンディーネは笑みを抑えるような表情を向ける。
「それに、もしもヒヅキが完全に取り込まれてしまったのならば――」
そこまで言ったウィンディーネは、堪らず笑みを浮かべる。それは、まるで耳元まで口が裂けたと錯覚させられるような、狂気に満ちたモノであった。
「私がしっかり殺してあげるわ」
「…………そうですか」
初めて触れるウィンディーネの狂気にも、ヒヅキは特に表情を浮かべずに眺めるだけ。
「でも、出来ればそのままのヒヅキでいてほしいわね。殺してしまったらそこで終わりだもの」
狂気を引っ込め慈愛の笑みを浮かべたウィンディーネを、ヒヅキはただ眺め続ける。
「まぁ、多少は手助けしてあげるわよ。簡単に取り込まれてもつまらないですもの」
「……手助け?」
「ええ。ヒヅキの中のそれを、私の力で少し抑えてあげる」
「………………可能なので?」
「ええ、勿論。ただその場合、今ほど魔法を巧く使えなくなる可能性もあるけれど、いいかしら?」
「それは構いません。使えなくなるわけではないのでしょう?」
「ええ。ただ、力が弱るかもしれない、というだけよ。ヒヅキも知っているように、その力はそこからの借り物ですもの」
「そうですか」
「でもまぁ、極力そうならないようにはしてあげるわ。今のヒヅキは、その力が無ければ生き残れないでしょうから」
「………………」
ヒヅキは右手に目線を落とす。それは酷く小さな手に見えた。
「……お心遣いありがとうございます」
ヒヅキは、ただそう言うことしか出来なかった。どんなに取り繕おうとも、事実は変わらないのだから。
「ふふ。それじゃあ、早速はじめましょうか」
そう言うと、ウィンディーネは両手でヒヅキの顔を挟むと、自分方へと顔を向かせる。
「ちょっと苦しいかもしれないけれど、我慢するのよ?」
ウィンディーネの言葉に、ヒヅキは何をするのか問おうとしたが、それよりも早く、ウィンディーネがヒヅキの口に自分の口を押し付けた。
「ッ!!!」
その瞬間、まるで直接心臓を掴まれたかのように苦しくなり、ヒヅキは目を見開きこぶしを握る。心臓が鼓動するたびにその苦しみは増していく。
気を抜けばそのまま気を失いそうな苦しみが数秒、数十秒と続き、ヒヅキの意識に霞が掛かり出す。このままでは意識が途切れそうというところで、ウィンディーネはヒヅキから顔を離した。
「………………はぁ! は、は、はぁ、はぁ、はぁ……はぁーー」
あまりの苦しさにヒヅキは息を乱すが、直ぐに整える。
「一体何を?」
「私の力を流し込んだのよ。これが確実で手っ取り早いからね。でも、耐えられたからいいじゃない? これで、少しは抑え込めたと思うわよ」
「そうですか。ありがとうございます」
そう礼を言ったヒヅキだったが、どうしても気になった言葉について問い掛ける。
「それで、耐えられた、とはどういうことですか?」
「死ななかった、ということよ?」
何を当たり前のことをとでも言いたげなウィンディーネの反応に、ヒヅキは僅かに言い淀む。しかし、無駄だと知っていながらも、口を開いた。
「そういうことは最初に言っておいて欲しかったのですが?」
ヒヅキの当然の抗議にも、ウィンディーネは不思議そうな顔をするだけであった。