魔法道具30
「さて、どうしたものか」
ままならない状況に、ヒヅキは虚空に目を向ける。部屋の何処かにウィンディーネが居るのは判るが、何処に居るのかまでは、どれだけ探ってみても分からない。
それはヒヅキの実力不足なのもあるが、それ以上に神と人の差でもあった。
(しかし、本当にいつまで付きまとってくるのだろうか? 何をしても楽しませてしまうし……どうしたものか)
ウィンディーネがヒヅキに付きまとう理由は面白いからだというが、その基準がヒヅキには分からない。なので対処のしようがなく、それでいてヒヅキが何をしても、ウィンディーネを楽しませる結果になっていた。
(何なんだろうな、俺の人生というのは。本来であれば、そろそろ子に後を継がせる準備でもしている時期だろうに。まぁ、俺の場合は継がせる物もないが。それにしても、翻弄されてるな………………ああ、これが神の仕業だとしたら、滅してやりたい。俺はただ、俺は………………何がしたかったんだっけ? 何かを昔、願った……はず?)
過去の記憶がごっそり抜け落ちたかのようで、相変わらず何も思い出せず。そこにある空白に、ヒヅキは急に魂でも抜けたかのように動きを止めてボーっと天井を眺め続ける。
「ヅキ……ヒヅキ……ヒヅキ……!!」
そうしていると、遠くから名を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。
(ヒヅキって、何だっけ? 誰だっけ? 忘れてはいけない名前だったような……)
たゆたう意識の中、ヒヅキはその声に何かを思い出しそうになり、僅かに瞳が揺れる。
「ヒヅキ!! 戻ってきなさい!!」
「ッ!!」
そこに耳元で叫ばれ、ヒヅキは我に返り周囲を確認しようと首を動かし、真横にウィンディーネの顔が在った。
「ウィンディーネ?」
「ええ、そうよ。やっと戻ってきたのね」
ほとんど触れているような距離で、ウィンディーネは怒ったような呆れたような声を出す。
「私は何を……?」
それにヒヅキは思い出そうとするも、ベッドに腰掛けて漫然と天井を眺めていた辺りからの記憶が薄く、何も思い出せない。
「まったく、取り込まれかけていたわよ?」
「取り込まれる?」
ウィンディーネの言葉に、ヒヅキはどういう意味かと眉を動かす。
「貴方の中のそれによ。……気がついているのでしょう?」
「………………」
そのウィンディーネの指摘に、ヒヅキは何の事かと思案して、心当たりを思い出す。それはヒヅキがカーディニア王国で遺跡調査をしていた辺りから感じる事が多くなった、意識を侵食されていくような気味の悪い感覚。
「……これに、取り込まれて? しかし、意識はこうして無事ですが?」
ヒヅキの返答に、ウィンディーネは困ったように小さく息をつく。
「それは私が引き戻したからよ」
「引き戻した?」
「ええ。こうして身体を揺すりながら呼びかけてね」
ウィンディーネはヒヅキの肩を掴むと、前後にぐらぐらと揺する。それにヒヅキは気持ち悪そうにしながらも、意識が落ちていた時にウィンディーネの声が聞こえていた事を思い出した。
「ああ、そうでしたか。それはありがとうございます」
揺すられながら礼を言うと、ウィンディーネは手を止める。
「まったく。気をつけなさいよ。ヒヅキが取り込まれる事は私が許さないから」
「取り込まれる、ですか?」
ウィンディーネの言葉に、ヒヅキは困ったように言葉を返す。それは力の根源へと至る道のような気もするが、それ以上に気づけなかった事にヒヅキは僅かに恐怖していた。
「ええ。あっさりと意識が落ちていたわね」
「……そうでしたか。それはお手数をおかけしました」
ヒヅキは全く気づけなかった事に恐怖すると共に困惑しつつ、それと同時にどうすればいいのかを考え始める。これからの事を考えれば、現状のままでは許されるものではなかったから。