魔法道具28
ヒヅキが町に帰ってきたのは、昼も大分過ぎてからであった。
「まだ少し時間がありますね」
天上を見上げたヒヅキは、そう言って町の中を散策していく。ウィンディーネは、町に到着する前に姿を消していた。
道を外れた町の中を進み、周囲の気配を探りながら町の様子を眺めていく。
(本当に静かだな)
放棄された町のように、住民が居る気配がまるでないが、それでも家は綺麗なままだ。
(……平和だな)
スキアに森を占拠されている現状でも穏やかな時間が流れている事に、ヒヅキは少し不思議な気分になる。カーディニア王国では、色々と慌ただしかったのだが。
(町を散策し終えた後は何をするか……義手の完成まで森の中でも回ってみるか?)
町の中心部分よりは多少静かではあるが、他は申し訳程度の道があるかどうかぐらいの然して変わり映えのしない町の外れの光景に、ヒヅキは形だけ目を向けながら、これからどうしようかと考える。
義手の完成まで数ヵ月かかる予定ではあるが、町の散策はのんびりしても数日で終わることだろう。かといって、他に当てはない。
(首都はエルフ以外の種族はいけないらしいし、フォルトゥナは居場所が分からない。ああそういえば、リケサにこの町に図書館かそれに類する場所がないか尋ねるんだったな。前に来た時はいまいち覚えていないが、多分無かったはず。しかし、あれから大分時間が経ったんだ、もしかしたら新しく出来ているかもしれないからな)
その場合、首都に寄る必要が無くなる。元々寄る予定はなかったが。
そんな事を考えながら町の一角の散策を終えると、日が完全に暮れる前に宿屋に戻ろうと道を目指す。
「ああ、そういえば不用品の処分は出来なかったんだったか。新しく何か入れる事はないだろうが、それでも数ヵ月も大丈夫かな?」
宿屋が見えてきた辺りでそれを思い出したヒヅキは、どうしたものかと思案しながら宿屋の中に入っていく。
それから自室に戻り、荷物入れの上に背嚢を降ろす。
「………………ああ」
ベッドに腰掛け背嚢に目を向けていたヒヅキは、ふと思い立ち、ベッドから降りて背嚢に近づく。
「とりあえず、義手が出来るまではここには居る予定な訳だし、それまで不用品はこの荷物入れに入れとけばいいのか」
背嚢を床に降ろして荷物入れのふたを開けると、ヒヅキは背嚢の中の不用品を荷物入れに移していく。
その途中で扉が叩かれ、リケサが夕食の用意が出来た事を告げにきてくれる。それに返事をして、ヒヅキは作業を中断して食堂へ向かった。
食堂では既に夕食の載った盆が机に並べられ、リケサもいつもの椅子に腰掛けていた。
ヒヅキも向かいの席に腰掛けると、二人は夕食を食べ始める。
「リケサに訊きたい事があるのですが」
「ん?」
夕食の途中でヒヅキは図書館について訊こうと、リケサに声を掛けた。
「この町に図書館もしくはそれに近い、知識が集まっているようなところはありますか?」
「知識、ね……うーん、家にも本棚ぐらいはあるが、その程度かな。そんな施設は首都に行かないと無いと思うよ」
「やはりそうですか」
残念そうな声を出したヒヅキに、リケサは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「まぁ、家の本棚に在る本であれば、好きな本を読んでいいから」
「ありがとうございます」
「しかし、何をそんなに調べたいんだい?」
「主にお伽噺や歴史についてですね」
「なるほど。お伽噺なら子どもに読み聞かせる本が数冊あるが、それぐらいかな。それに、歴史辺りはあまり他種族には閲覧させないかもしれないね」
「そうですか」
「それに、首都にはねぇ」
「ええ」
二人して微妙な表情を浮かべる。エルフの国の首都にはエルフ以外は入れないことに対して呆れたような、鼻で笑うようなそんな表情。
「あれは死ななきゃ治らんのか」
「どうなんでしょうね」
そう言うと、二人は顔を見合わせ小さく笑った。