魔法道具26
ヒヅキはウィンディーネに続いて町を離れて森の中を進む。
無造作に伸びる枝葉や、うねるように地を這う木の根などものともしないウィンディーネは移動する速度が速いものの、それにヒヅキは遅れる事なくついていく。
ウィンディーネに先導されるがままに町から離れていくと、そこには一本の幅のある大木があった。ただ、幅は周囲の木の数倍はあるのだが、高さは他と変わらない。
「ここよ」
「ここ、ですか?」
その大木を見上げた後に、ヒヅキはウィンディーネの方へと目を向ける。その大木は大きくはあるが、ただそれだけだ。木の中が空洞になっているということも、枝の上に家が建っているという事もない。
「ええ。ちょっと待ってね。今から呼ぶから」
ウィンディーネは大木の方に顔を向けると、静かに呼びかける。
「グノム、そこに居るのでしょう?」
その声は大きくはないが、脳内に沁み込むような不思議な声音であった。そして、その声に呼応するように大木が揺れる。大きな揺れではないが、それは明らかに不自然な揺れ方であった。
「久し振りね」
「珍しいな。君の方から私の元を訪ねてくるなど」
その声と共に大木の根が地面から姿を現すと、大木が立ち上がるようにして持ちあがった。
「相変わらずね。そんなものに化けて」
「そういうな。森の中ではこの姿の方が何かと都合がいいのだよ。それに、君達にはいい目印になるだろう?」
「ま、そうね」
ウィンディーネは苦笑したように肩を竦める。
「それで、今回は私に何用だね? 人間の客など珍しい。いや、君が一人じゃない方が珍しいか」
その声はゆったりとした包み込むような声音で、声の感じ的には年配の男性のように聞こえた。しかし、その大木には口の様なモノは見当たらない。どうやって喋っているのかは不明だが、相手が相手なので、気にするだけ無駄なのだろう。
「用ってほどではないわ。ただヒヅキに、この人間を貴方に会わせたいと思っただけよ」
「私に? 君が人間を気にするとはね。それほどの玩具ということかな?」
「ふふふ。さぁ、どうかしら?」
不敵に笑うウィンディーネに、グノムは大木を微かに揺らす。
「して、私に会わせて何がしたいんだい?」
ウィンディーネはグノムの問いには答えずに、ヒヅキの方へ顔を向けると、無遠慮にグノムを指差す。
「ほら、ヒヅキ。あれがエルフの守護神よ」
まるで有名な観光地でも教えるような気楽さのウィンディーネに、ヒヅキは困ったように笑う。流石に神を見世物のように扱うには、ヒヅキでは力が不足していた。
「しかし、エルフに伝わる話とは違いますね」
エルフの神は1つの胴体に2つの頭という話を聞いていたヒヅキは、気になってウィンディーネに問い掛ける。
「まぁ、私達は姿をある程度は自由に変えられるからね。でも、私達以外の前に出る時は、大抵伝承通りの姿よ」
そう言うと、ウィンディーネは声を殺し、身体を揺らして笑う。
「あれ、変な姿よね。何でわざわざあんな姿にしたのかしら?」
目の前にその当人が居るというのに、ウィンディーネは気にせず嘲笑するように言葉にしていく。
「君は変わらないな。その不遜な態度を多少は気にかけてはどうだい?」
「そうかしら? 貴方が気にかけるに値する相手なら改めるわよ」
「そうかい? 君がそんな配慮が出来るとは思えないがね」
顔が無い為に大木のグノムの表情は分からないものの、ウィンディーネは微笑みを湛えたままグノムの方を向いている。
「………………」
ヒヅキはそんなウィンディーネの様子に目を向けて、少し苛立っているなと判ってしまった事に内心で顔を歪めた。
そんな二人の間に漂う空気は一触即発の様で、その実一線を引いているのが判るもの。そして、ヒヅキはそんな空気にも慣れてきてしまっていた。
(………………いつまで続くのやら)
その為、ヒヅキは無言の時間が流れるのを、呆れたように眺め続ける。どちらにせよ、二人の間に割って入れるほどの実力をヒヅキは持ち合わせていないのだから。