魔法道具19
河岸に腰掛けながら、ゆったりとした河の流れを漫然と眺めながら服が乾くのをのんびりと待つこと数時間。
周囲に誰も居ない為に何事もなく時間が経過すると、服だけではなく洗面器や石鹸までしっかり乾いたのを確認したヒヅキは、それらを背嚢の中に仕舞っていく。
「えっと、他に忘れ物は……」
周囲を見回し、回収し忘れているものがないのを確認したヒヅキは、改めてウィンディーネに礼を言って背嚢を背負うと、立ち上がった。
「んー、はぁ」
伸びをしたヒヅキは、空へと目を向ける。空はまだ青が残っているので夕方前であろうが、町まで少し距離があるので、そろそろ戻った方がいいだろうと判断したヒヅキは、くるりと反転して河に背を向ける。
「さて、そろそろ宿屋に戻るか……見つかる前に」
ヒヅキが居る河の方角へと近づいてくる反応を捉えたヒヅキは、そう言って河から離れていく。
「あれはエルフですかね? 動物を追っているようですが」
「ええ、そうね。そして、深追いし過ぎた様ね」
「?」
ウィンディーネの言葉に、ヒヅキは首を捻る。そんなヒヅキの反応に、ウィンディーネは不思議そうな声を出す。
「あら? 気がついていないのかしら?」
「何がでしょうか?」
「うーん……探知範囲を拡げてみればいいと思うわよ?」
「? 分かりました」
ヒヅキは立ち止まると、ウィンディーネの言葉に従い探っている範囲を一気に拡げてみる。
「ああ、なるほど」
探知範囲を拡げた先、遠く離れた場所にスキアの反応を捉えたヒヅキは、ひとつ頷いた。
スキアは人の足では数日は掛かりそうな位置に居るのだが、それはスキアにとっては一足程度の距離でしかない。
「そして、スキアも気づいたようね」
「……助けた方がいいのか悩みどころですが、様子を見にいってみますか」
「ふふ。お人好しね。見捨てても誰も文句は言わないというのに」
速度を上げて移動を始めたヒヅキへと、後からしっかりついてくるウィンディーネが楽しげに口にする。
直ぐに到着したそこには、緑色の髪を短く切り揃えたエルフの男性が居た。
若い時期が長いエルフの年齢は外見からは想像がつかないが、ヒヅキの目線の先に居るエルフの男性の雰囲気は、それなりに年期が入っている感じがした。
「スキアはまだですね」
ヒヅキは一人で木の影から観察しながらスキアの反応を確認するが、一瞬で移動してくるのであまり当てには出来ない。
「しかし、猟の最中、ですかね?」
今朝のリケサとの会話を思い出しつつ、ヒヅキはそのエルフの動向を観察する。弓を携えたそのエルフは、獲物を見つけて弓に矢を番えていた。
「…………」
獲物へ矢を射る為に集中するエルフの男性ではあったが、そこにぬるりと木々の間を縫って移動してきた、人型のスキアが姿を現す。
「ひぃ!!」
それに男性は驚きつつ弓矢をスキアへと射るも、スキアは避けるでもなく、軽くそれを払う。ただそれだけで、飛んでいった矢は粉々に砕け散った。
「た、助けて、誰か」
腰を抜かしてその場にへたり込んだ男性は、それでもスキアに眼を向けたまま、ガタガタと震える手で次の弓を番えようとする。しかし、なんとか番えられたその矢は力が入っていない為にスキアへは届かない。それに、攻撃するにしてもあまりにも遅すぎる。
スキアは男性が視認出来ない速度で攻撃を繰り出すが、その途中で光の線が走り、スキアはあっさり消滅した。
「へ? な、何が…………?」
それに男性は呆けた声を出すと、放心したようにスキアが居た場所に目を向け続ける。
スキアを倒したヒヅキは、そのまま止まることなく町の方角へと少し進み、離れたところで立ち止まり振り返った。
「ここまで移動すれば大丈夫か」
「そうね」
ヒヅキの呟きに、正面からウィンディーネの声が返ってくる。それに顔を戻せば、悪戯っ子のような笑みを浮かべているウィンディーネが迎えた。
「……ウィンディーネが姿を現したということは、周囲に誰も居ないということですね」
「そうとは限らないわよ?」
「今に限って言えばそうでしょう」
「ふふ」
何が楽しいのか、ウィンディーネはヒヅキの言葉に楽しそうに笑みを浮かべ続ける。
「さて、今度こそ町に戻りますか」
そんなウィンディーネなど無視して、ヒヅキは歩みを再開させた。