魔法道具16
それからもウィンディーネと軽く会話をすると、リケサが近づいてくる気配を感じて、ウィンディーネが姿を消す。
ウィンディーネが姿を消して少しすると、部屋の扉が叩かれた。
「はい」
「お風呂空いたけど、どうする?」
扉越しに返答を聞きながら扉に近づくと、ヒヅキは扉を開いた。
「入ります」
「じゃあ案内するよ」
「分かりました。では、着替えの用意をしますので、少々お待ちください」
ヒヅキは物入を開いて、中に置いてある背嚢から着替えを取ると、それを手に部屋を出て鍵を閉めると、リケサの後について行く。
宿屋の奥へと続く扉からリケサ達家族の居住空間に入ると、そのまま浴室まで通される。
「掃除は後でするから、入り終わったらお湯はそのままでいいよ。部屋に戻る時も、勝手に戻っていいからね」
「分かりました。ありがとうございます」
「それと――」
整髪剤の事などを含めた浴室の簡単な説明をすると、リケサは居住空間を出て、宿屋の方へ戻っていく。
それを見届けたヒヅキは脱衣所で服を脱ぐと、浴室で身体を流して風呂に浸かる。
入浴が終わり浴室を出ると、脱いだ服を手に自室に戻った。
(そろそろまた洗濯しないとな)
旅の途中でもたまに洗濯はしていたものの、干す場所が少なく乾く時間も惜しかった為に、あまり一気には出来なかった。それ故に洗濯物が溜まっていた。
(明日は近くの河にまで足を延ばしてみるか)
その為、明日の予定を変更して河まで洗濯に赴くことに決めると、服を背嚢に仕舞って部屋の明かりを消すと、早々にベッドに横になる。
「…………」
しかし、暗い室内で目を瞑っていても、眠りに落ちる気配が一向にやってこない。
「…………ふぅ」
ヒヅキは目を開けると、天井に目を向ける。
「眠れないのかしら?」
天井を見ているヒヅキを見下ろすように、傍に立ったウィンディーネが姿を現す。
「そうですね。こうしているだけでも十分休まりはしますが」
「…………じゃあ、私が眠らせてあげましょう」
少し間を置いたウィンディーネが無表情のままそう告げると、ヒヅキは急激な倦怠感と共に意識が遠くなっていく。
「ごちそうさま」
意識が落ちる間際、そうウィンディーネが口にしたような気がした。
◆
「ん……んん」
ヒヅキが目を覚ますと、採光用の窓から明かりが室内に差し込んでいた。
「…………朝、か」
周囲を確認して上体を起こしたヒヅキは、僅かな倦怠感を感じる。
「一体何が?」
意識が落ちる直前の事を思い出そうとするも、寝起きだからか記憶が曖昧で、思い出すのに時間を使う。
「ああ、そういえばウィンディーネと何か話をしたんだったか?」
そこまで思い出したものの、何を話したかまでは思い出せない。
(いや、そもそも何か話した……のか?)
しかし、しばらく考えるも、やはり何も思い出せない。
「ウィンディーネ」
「何かしら?」
あまりに思い出せない為に、ヒヅキは姿を消しているウィンディーネに呼びかける。それにウィンディーネが応えたところで、問い掛けた。
「昨夜私に何をしたんですか?」
何となくそんな気がしたヒヅキは、断言しつつ問い掛けた。
「何も。ただ眠れなさそうだったから寝かせただけよ」
「……どうやって?」
「ちょっと疲れさせただけよ」
「疲れさせた?」
「ええ。疲れれば眠れるじゃない?」
「そうですね」
「それだけよ」
「……本当ですか?」
「ええ」
ウィンディーネの頷きに、ヒヅキは考える。
ヒヅキの知る限り、ウィンディーネという存在は嘘を吐かないが、大事な事を語らない傾向があり、事実を一面だけしか伝えない事などよくあることであった。
(ならばどういうことだ?)
なので、疲れさせたという事は事実なのだろうが、それは事実の一面でしかないという事になる。
(今までの知識・経験から何か思い当たることは……)
言葉の一部から真実を探る為に、ヒヅキは必死に思考を加速させていく。そして、ひとつの出来事に思い当たった。