魔法道具12
「たいして歴史がある訳でもないのに、家主の居ない家を見て喜ぶのも特殊だと思うし」
「そうですね」
そんな事で喜ぶのは、泥棒か家を探している者ぐらいだろう。もしかしたら家好きなら喜ぶかもしれないが。
「他に観光といっても、ここにあるのは森だけだからな。僕達には神聖なモノでも、ヒヅキ達にはただ木が群生しているだけでしょ?」
「まぁ……そうですが、ここの木は大きいので、珍しいとは思いますよ」
「そうかい? 他には少し先に河が在るぐらいだし……うーん」
困ったように思案したリケサは、何かを思い出したような顔をヒヅキに向ける。
「そういえば、この町にはあれがあったな」
「あれ?」
「エルフの神様の像だよ! まぁ記述が少ないから、あそこに安置されているのは想像上の姿なんだけどさ」
「ああ。昔見た覚えがありますね」
「結構長い間祀られているからね」
「あの神様の話を聞かせて頂けませんか? あまり詳しくないもので」
「ああ、構わないよ」
そう言って頷くと、リケサはエルフの神について簡単に語り出す。
◆
それは遥か昔、まだエルフが森ではなく砂漠に住んでいた頃の話。
当時、争いに敗れて国を失ったエルフ族は、流浪の民として各地を彷徨っていた。しかし、どこもエルフ達をまともに受け入れてはくれなかった為に、同族で寄り集まり砂漠で暮らしていた。
とはいえ、砂漠は生き物が住むには厳しい地。エルフ達は次第に強く安住の地を求めはじめる。
けれども、そう簡単に見つかる訳もなく、砂漠に居を構えて数十年の時が流れ、小さいながらも砂漠の村を築いていた。
そんなある日、エルフ達はかつて己らの国を滅ぼした者達に再度居を追われる。それだけではなく、今度はその者達は執拗にエルフ達を追走してくる。
追い詰められたエルフ達は絶体絶命の窮地に追い込まれるも、そこに1つの胴体に2つの顔を持った、異形の存在が現れエルフ達を窮地から救ってくれた。
それだけではなく、その異形の存在は、エルフ達を自分の支配する森へと案内すると、そこに住まう事を許可し、そのままエルフ達の守護神になったのだという。
◆
「そんな感じだね。もっと詳しく知りたいなら首都に行かなければならないだろうけれど……像の近くにも簡単な話が彫られた石碑があったはずだよ」
あまり詳しい訳ではないからか、少し気まずそうにしながら、リケサはそう教える。
「そうでしたか。ありがとうございます。それで、質問なんですが」
「ん?」
「その話に出てくる、エルフ族の国を滅ぼした相手というのは何の種族なんですか?」
「それは分からない。僕が見たり聞いたした話では、ただ国を滅ぼしたとしかなかったから」
「そうでしたか。ありがとうございます」
ヒヅキが礼を述べると、リケサは申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ごめんな。そもそも僕らの神様については、驚くほど記述が少ないんだよ」
「そうなんですか?」
「大分昔の話だが、そもそも偶像さえ作ってはいけなかったらしいからね」
「そうだったんですか」
「それも、他種族と交流するようになってからは一部認められたが、今でも神様については禁止事項が多いね」
「何故でしょうか?」
「神様を元にしているとはいえ、偶像は神様ではないから、じゃないかな?」
「ふむ?」
「神様については、容姿の他にも名前さえも伝わってないからね」
「……ああ、確かにそうですね」
リケサにそう言われて、ヒヅキはエルフの神としか呼称していなかった事に思い至る。
「それも謎だけれど、きっと神様は神様だからじゃないかな? たとえ名前が在ったとしても、もう知っている者も居ないだろうけれど」
そう言って、リケサは肩を竦めた。
「長いことそれが普通だったのでは、確かに知る者は居ないでしょうね」
「こうして他種族と交流していなければ、疑問さえ抱かず一生を終えるだろうよ」