魔法道具11
とりあえず聞きたい話を聞けたヒヅキは、ベッドに横になる。
「時間もある事ですし、少し寝ます」
「ええ、寝なさい。周辺の警戒は私がやっておくから」
少し優しい声音のウィンディーネに、ヒヅキは僅かに違和感を抱きつつ目を瞑るも、直ぐには寝る事が叶わない。しかし、急に力が抜けたような感覚を覚えると、すんなりと眠りに落ちていった。
「……ふぅ。やっぱり私が生命力を食べなければ、中々寝てくれないわね」
ベッドの傍に立ったウィンディーネは、静かに寝息を立てているヒヅキを眺めながら、困ったように口にする。
「まぁ、ヒヅキの生命力は美味しいから問題ないけれど……でも」
そこで口を閉ざすと、ウィンディーネは纏う雰囲気を変え、ゾッとするような冷たい目をヒヅキに向ける。しかし、その目はヒヅキを映してはいない。
「貴方達は何者なのかしら? 一人二人ではないようだけれども……このおかしな生命力の回復量は、貴方達がヒヅキを護っているのが判るわね……しかし、その目的は何かしら?」
ウィンディーネは冷たい眼差しを向けたまま思案するような間を空けるも、当然ながら、それに答えは返ってこない。
「まぁなんでもいいわ。貴方達が私のヒヅキを護る分には構わないもの。だけれど、それ以上は赦さないわよ?」
それだけ言ったウィンディーネは、興味を失ったように眼差しを元の少し優しげなものに戻す。
「さて、ヒヅキが寝ている間は暇だから、何をしようかしら?」
少し考えたウィンディーネは、実体化していた姿を消した。
◆
「…………」
朝になり目を覚ましたヒヅキは、薄く開けた目の隙間から、目だけを動かして周囲の様子を窺う。
それが済むと、ゆっくりと上体を起こす。
「……そういえば宿を取ったんだったな。大分外が明るいが、どれぐらい寝ていたんだ?」
ベッドから降りたヒヅキは、軽く身なりを整えて部屋を出る。
「ああ、おはよう。ちょうど起こそうかと思っていたところだったよ!」
ヒヅキが部屋を出たところで、食堂から出てきたばかりらしいリケサが、そう言ってヒヅキを食堂の方へと手招きする。
「おはようございます。もうそんな時間でしたか」
驚きつつも、リケサに続いてヒヅキが食堂に入ると、一気に食欲をそそるいい匂いに包まれた。
見れば、昨夜食事をした机の上には既に温かい湯気を上げている朝食が並べられている。しかし、その量が少しおかしい。
「お腹空いた? 食べられそうなら食べていってよ」
笑みを浮かべて二人分の飲み物を用意すると、今度は特に何も訊かずに、リケサは昨夜同様、ヒヅキの席と思われる場所の向かい側に腰掛けた。
「頂きますが……少々量が多くないですか?」
六人で余裕で囲えそうな大きな机の上を料理が乗った幾つもの皿が占拠していた。1皿に盛られている量はそれ程でもないが、それにしても数が多い。その光景に、ヒヅキが困惑気味に尋ねると。
「ああ、やっぱり。久しぶりのお客さんにちょっと張りきっちゃってね」
困ったように笑うと、リケサは皿を1つ手に取り、自分の近くに置いた。
「好きなの食べてよ。残してくれても構わないからさ」
リケサの向かいの席に腰掛けたヒヅキは、リケサと共に食前の祈りを捧げると、とりあえず用意された飲み物を飲んで、手近な皿に手を伸ばした。
「美味しいです」
料理を2口、3口食べたところで、ヒヅキはリケサに感想を告げる。
それにリケサは安堵した笑みを浮かべつつ、料理を平らげていく。
「そういえば、今日はどうするの?」
「どうするとは?」
料理を食べていたリケサの突然の問いに、ヒヅキは首を捻る。
「義手が出来るまでここを離れられないだろう? それで今日は何をするのかな? と思ってね」
「ああ。それでしたら、観光ですかね」
「観光?」
ヒヅキの言葉に、リケサは難しそうな顔をした。
「何か問題があるのですか?」
それにヒヅキが問うと、リケサは首を横に振る。
「問題はないけれど、問題があるんだよ」
「?」
「今この町にはさ、観光に向いている場所なんてないんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。今じゃここも住居が増えたからね」
「そうでしたか」
ヒヅキは頷きながら、町に入って最初に訪れた場所を思い出す。
「それに、今じゃその肝心の住民も居ないからね」
そんなヒヅキを目にしつつ、リケサは苦笑しながら、そう付け加えた。