幕間
磨きあげられた大理石が敷き詰められた上に毛の長い柔らかな赤い絨毯が敷かれた廊下を2つの影が歩いていく。
前を歩く子どもと大人の中間ぐらいの見た目の女性の、早足でありながらそれを感じさせない優雅な歩みは育ちの良さを感じさせた。
その女性の数歩後ろを、甲冑で身を固めた青年が続く。
「それで?急ぎの召集の理由は何なのかしら?」
真っ直ぐ前を向いたままの女性の問い掛けに、後に続く青年は申し訳なさそうに首を横に振る。
「私は何も聞いておりません。ただ、急ぎエイン王女を玉座の間にお呼びしろとしか………」
「そう。なら私以外に誰に召集が掛かっているかは分かるかしら?」
「全てではありませんが―――」
青年はそう断りを入れると、自分が聞いている召集されている人物の名を次々と挙げていく。
「武官、文官ともに各部門のトップがそんなに呼ばれているとは、どこかに攻め込むつもりかしらね?」
エインは冗談めかしてそう言うも、後ろに続く青年はそれに真面目な声音で「私には分かりません」と応えるだけだった。
「ふぅ……、まぁ大方またどっかが攻めてきたんでしょうけど」
エインはつまらなそうにそれだけ言うと、玉座の間までそれ以上口を開くことはなかった。
エインが玉座の間に入ると、すでに集まっていた者たちの視線が向けられる。
(さっき聞いた者たちはほとんどがもう集まっているわね)
エインは視線を動かさず集まっている者たちを確認すると、先ほどまで付いてきていた青年を入り口で待たせて、正面の玉座に座る父王の下まで堂々とした態度で移動する。
玉座には王が座り、その隣に置かれている椅子には王妃も座っていた。
玉座周辺には第1、第2王子と宰相が並んでいる。
(この国の主要人物が揃い踏みね。私まで呼んで何事かしら………)
エインはその面子を確認してため息を吐きそうになるのをグッと堪える。今は王女としてこの場に居るのだから、それに相応しい態度というものがある。
それでも、エインは玉座の間に漂う緊張感に内心ゲンナリしてしまう。こういう堅苦しい雰囲気は苦手なのだ。出来れば今すぐ玉座の間を退出したいぐらいである。
しかしそういう訳にもいかず、エインは王の下まで移動すると、王と王妃に挨拶をする。
それが終わると、粗方集まったと判断した宰相が今回の召集の内容についての話を始めた。
その内容を要約すると、北方から大量のスキアが南下してきたのでどう対応するべきか?というものであった。
勿論というべきか当然というべきか、すぐに戦うという結論に至りはしたが、では誰が?というところで先ほどまで活発に意見を述べていた者たちの勢いが弱まっていく。
それだけスキアは強いのだ。自国の兵だけではどれだけの被害がでるかわかったものではないし、それで防げる保証はない。事実、小国だけだとはいえ、すでにスキアに滅ぼされた国は複数存在している。
しかし、自国の兵以外の戦力となると選択肢はほとんどありはしないのも事実で、その中で他国に借りを作らないとなると、自国の冒険者ぐらいしかあてはなかった。
しかしこれも簡単ではなく、どの国でも共通して冒険者は政治と戦争に絡むのを大いに嫌う傾向があり、今回の件はそれとは関係ないとはいえ、王の依頼というものはやはり敬遠されがちであった。
それでも他に良い案が出ないこともあり、冒険者に協力を仰ぐことになった。
次の議題がスキアに対処している間の他国との付き合い方についてに移るなか、エインは真面目な顔をしながらも、内心ではつまらなそうに顔を歪める。
エインはカーディニア王国王位継承権第3位という立場の割には式典などの堅苦しい行事を嫌う少々異端な存在であった。
そんな彼女は最低限仕事をこなしつつも、王城を抜け出しては外の世界を見るのを好み、個人的な繋がりとして冒険者とも親しかった。公的権力を嫌うはずの冒険者にして親愛と敬意を向けられるような存在の彼女は、やはりどこか他の王族とは違っていた。
エインが退屈を紛らわすために別のことを考えている間に会議は終わったようで、そのまま解散となった。
エインは入り口で待たせていた自分の近衛の一人である青年を連れて執務室に戻ると、大きな執務机を迂回して備え付けの椅子に腰掛ける。
「ふぅ、疲れました」
エインは椅子の背もたれに背中を預けると、おもむろに机の上の書類を一枚摘まむ。
親指と人差し指で挟んだそれを眼前に持ってくると、エインは眠そうな目を向ける。
「小鬼討伐について、ね」
そのままざっと目を通すと、どうやら南部国境付近に居座っていた小鬼の討伐が完了したことについての経過報告と報奨についてのようだった。内容に何も問題はなかったので、そのまま判を押す。
「次は………」
エインは気だるげに次の紙に目を通すと、一瞬ピタリと動きを止めてから食い入るようにその書類を確認する。
「ほぅ、これは面白い」
エインに先ほどまでの気だるげな雰囲気は無く、不敵な笑みをその顔に浮かべた姿は、まるで獲物を仕留める狩人のそれにも見えた。
「だがもう少し情報が欲しいな、これだけではコズスィには手が出せない」
エインは好戦的な笑みを引っ込めると、突然興味が失せたかのようにそのコズスィに関する報告書を机の上に無造作に放った。
「奴等には借りがあるからな、潰すにしても確実に潰せるよう念入りに調べないと意味がない……」
コズスィ建国までの流れを思い出したエインは、不機嫌そうな顔をする。
「私がせめてあと10年早く生まれていたらな……」
かつてコズスィはガーディニア王国と国境を接するエルフやドワーフなどの複数の国を巻き込んで争いを起こさせ、そのどさくさに紛れて建国しようとしたことがあった。その計画はとある少年により頓挫したのだが、結局、別の場所で数年後に建国を許してしまう。
まだ幼かったエインはそれにより直接苦杯を飲まされた訳ではないが、それでも好みでないやり方に苛立ちを覚えていた。
「………そういえば、コズスィの企てを未然に防いだあの少年はいったい今どこで何をしているのだろうな……」
エインは窓から外へと視線を向ける。報告書通りの戦果をあげた少年ならば、何か今の自分の力になってくれるのではないかと淡い期待を込めて。