魔法道具7
出てきたエルフの店員を目にしたヒヅキは、記憶を探る。
「おや? リケサ、ですか?」
「え? は、はい。そうですが、何処かでお会いしたことがありましたでしょうか?」
突然名前を呼ばれた事に驚いたリケサは、記憶を探るようにヒヅキの顔を見ながら問い掛ける。
「ヒヅキです。前にお会いしたのは10年以上前なので覚えていないでしょうが」
名前を聞いたところで、リケサは目を見開く。
「え! あの時の商人さんと一緒に居た?」
「ええ。覚えていてくれたのですね」
「勿論だよ! 同年代の人間の友達なんて、ヒヅキ以外に居ないからさ」
「そうでしたか。それにしても、大きくなりましたね」
身長2メートル近くあるリケサを見上げて、ヒヅキは驚いたように声をあげる。
「ヒヅキもね。名前を聞くまで分からなかったよ」
朗らかに笑うリケサに、ヒヅキも笑いかける。
人間は成長と共に顔が変わることも多いが、エルフは成長と共に多少丸みが取れるがあまり変化はなく、直ぐに見分けがつく。
「それで、今回も宿泊でいいのかな?」
リケサの問いに、ヒヅキは頷く。
「どれぐらい?」
次の問いに、ヒヅキは困ったように思案する。
「そうですね……とりあえず三ヵ月滞在したいのですが」
「いいよ。部屋は空いてるから。というか、ヒヅキしか居ないけれど」
リケサは受付台を回って奥に行くと、そこに置かれていた台帳に何かを書いていく。
「ここに名前を書いてくれる? 宿泊代は三ヵ月分だけれど、少し安くしておくよ。部屋も好きな部屋でいいよ」
ヒヅキはリケサの示す台帳に名前を書くと、三ヵ月分の代金をエルフ硬貨で支払う。
その後に選んだ部屋の鍵を渡され、部屋や宿の説明を受けると、朝晩の食事を付けるが、今日の夕食はどうするか尋ねられたので、用意してもらう事にした。
宿屋の中は、他の家と同じで木の中を掘って造られており、大木の中で3階建てになっている。
ヒヅキの選んだ部屋は1階で、出入り口に一番近い部屋であった。
部屋の中は、採光用の小さな窓が天井付近にあり、他にベッドが1つ。それ以外には、人一人が入れそうな大きさの荷物入れがあり、後は小さな机とそれにあった小さな椅子が1つずつあるだけ。ただそれだけで、部屋にはほとんど空きが無い。
流石はこの宿屋の中で最も狭い部屋だが、寝泊まりする分には十分な広さだし、なによりヒヅキは狭い方が落ち着いた。
背嚢を荷物入れの中には入れずに上に置くと、ヒヅキは椅子に腰掛ける。
「さて、とりあえず観光は明日からか。……フォルトゥナはここには居ないのだろうか?」
他にフォルトゥナが居そうな場所は、と考えたものの、ヒヅキはフォルトゥナが貧民窟以外に居るところなど見たことがなかった。というよりも、ずっと同じ場所に座っていた記憶しかない。別の場所に居た記憶といえば……。
「別れの時ぐらいか?」
なので、毎日同じ場所に座っている記憶しかなく、ヒヅキは首を傾げた。
「まぁいい。リケサに現在のエルフの国の状況を尋ねてみるとするか」
ヒヅキは立ち上がると、背嚢を右肩に掛けて部屋を出る。
「ああ、丁度良かった。夕食の準備が出来たところだよ」
部屋を出たところで丁度リケサに会い、宿屋にある小さな食堂に案内される。
食堂には誰も居なかった。いや、宿屋内にはヒヅキとリケサ以外には誰の気配もない。
食事を持ってきたリケサにその事を尋ねてみると。
「ああ、ここに居るのは今はもう僕だけなんだ。といっても、別に母さん達は死んだわけじゃないよ? 首都の方に避難してるんだ」
「そうなんですか。リケサは何故?」
「こんな状況でも、ここを閉めたくなかったからさ」
「そうだったんですか」
頷いたヒヅキに、リケサは自分の分の食事を向かい側に置く。
「一緒に食べていい?」
それにヒヅキが承諾すると、リケサは嬉しそうに向かいの席に腰掛けた。