氷の女王13
首都から出る為に、アルコは町の中を進んでいく。
以前よりも密度が増してごみごみとした窮屈な町に、アルコは内心で溜息をつきつつ出口を目指す。
騒然となってきた出口には兵士が立っていたが、アルコは特に何も言われる事も調べられる事もなく門から出ていく。
外では兵士と冒険者達が木々の間や上を忙しなく駆けていく。少し離れた場所で音がするので、スキアの襲撃を受けているのだろう。
アルコはまた救援要請を受けても面倒だからと、そちらの方へと歩いていく。その横や上を冒険者達が過ぎていった。
排他的で選民意識の強い首都に居る冒険者だけに、その見た目はエルフと然して変わらない。しかし、身体能力は雲泥の差があった。
とはいえ、冒険者と呼ばれる存在は、種族によって能力が異なるという事はあまりない。
例えば、人間とエルフでは身体能力を含めた様々な面で能力に差が在るが、これが冒険者となると、それが無くなる。勿論、細かな差異はある。例えばエルフの冒険者は、エルフ族特有の遠話が使えるが、他種族の冒険者は使えない。というように。しかしそれでも、総合的な能力はほとんど差が無いのだ。
これは種族共通で上限が決まっているからとも言われるが、冒険者の中には明らかに他よりも強い者も居るので、この説が正しいかどうかは微妙なところ。それでも、冒険者がそれ以外よりも強いというのは、他種族共通であった。
そんな冒険者達でも、アルコには勝てない。こういう稀に存在する、冒険者以外の強者についてはよく分かっていないが、そういう存在は、得てして冒険者よりも強者である場合が多い。
アルコが忙しない周囲など気にする事なく音の発生源へとゆっくりと近づくと。
『アルコ様!』
そこで救援要請が届き、アルコは不快げに顔を歪めた。
救援要請があった目の前の戦闘現場に到着したアルコは、氷の魔法で手早くスキアを処理していく。
それが終わると、アルコは自宅を目指して移動を始めた。
(あぁ、本当に気分が悪い)
王宮での一幕を思い出したアルコは、苛立ちに気が狂いそうになるが、何とか寸でのところでエルフ達を鏖殺しないで済んでいた。
(フォルトゥナ。神聖なこの名を呼んでいいのは、この名を与えてくださったヒヅキ様だけだというのに)
消える事の無い怒りの炎に、アルコは表情を上手く浮かべることが出来ない。
(ヒヅキ様と一緒の時は笑うことが出来たというのに)
怒りが強すぎて普段無表情以外の表情が浮かべられないアルコは、昔のことを思い出して寂しげに口角を少し動かす。アルコが表情を浮かべられるのは、少年に関連した出来事の時だけだ。
そんな思いを抱きつつ町を目指していると、その途中で救援要請が届く。
「……………………」
このまま無視して見捨ててやろうかと考えたアルコであったが、踵を返して首都の方へと足を向ける。
(もう少し、あと少しのはず。ヒヅキ様が私を迎えに来てくださるのは……)
そう考えたアルコは、無意識に胸元で鈍く輝くアクセサリーへと手を持っていく。
(ああ、ヒヅキ様、ヒヅキ様。貴方のフォルトゥナは言いつけを守り、良い子で待っております。ですからどうか、どうか早くその御尊顔を拝したく存じます。私に生きる意味を与え下さった、偉大なるヒヅキ様)
アクセサリーの装飾を掴み願うその姿は、一心に無垢な祈りを捧げている聖職者のようにも見えた。
◆
「うーん。イマイチ楽しめないな」
物の境界が曖昧な世界で、それは声だけで存在していた。
「恩恵は十分施しているのだがな……やはり、あの異物と接触するまで待つしかないのかねぇ」
男とも女とも、幼子とも老人ともとれる奇妙で曖昧なその声は、考えるような間を空ける。
「それまで駒の配置を変えるべきか、それとも新しい駒を投入するべきか……他の場所も順調すぎてつまらないな。やはりあの異物ぐらいしか楽しませてくれないな。それも、余計なものが興味を持っちゃったようだし……うーん、まぁあれはいいか。あれはあれで楽しめそうだし」
声は楽しげに思案しながら、あれやこれやと世界を弄る。
「ああ本当に、退屈だな」