氷の女王11
副隊長から話を聞いたアルコは、視線をイハへと向ける。
「今連絡しましたわ。話に出てきた男なら、直ぐにここへと来るでしょう」
「……そう」
イハの事務的なまでに真面目な声での返答に、アルコは視線を目の前で怯えている兵士に戻す。
「なら、もう十分か」
アルコの言葉に、微かに兵士の瞳に希望の光が灯るが。
「え……?」
しかし、胸元から感じた衝撃に兵士は視線を下げると、そこには氷の棘が生えていた。
「あ、そん、な。な、ぜ……」
蒼白の顔で口をパクパクと動かした兵士は、そのままうつ伏せに床に倒れた。
兵士の胸元から生えていた氷の棘が消えると、アルコは元々立っていた場所へ一瞬で移動する。
それから数秒後、兵士の空いた胸元から、思い出したかのように血が溢れ出た。
「な、何故ですか!?」
それで時が動き出したかのように、副隊長が声を上げる。突然の事に混乱していながらも、他の兵士達も似たような表情を浮かべている。
しかし、その訴えに、エルフ王もイデアルもイハも困ったような顔を浮かべるだけで答えない。
「こ、殺されたのですよ? 仲間が! 同族が! 何かお咎めはないのですか!?」
尚も声を上げる副隊長に、エルフ王は困った表情のまま口を開き、一言告げた。
「無い」
「何故です!!?」
それに、副隊長は勢いあまって一歩踏み出して声を出す。
「アルコの行う一切を罪に問わないからだ」
「何故です!?」
「特に、そちらの名を呼んだ者を処刑するのは、許可している」
「な!? そんな横暴が許されるのですか!?」
「そもそも、その名を知る者自体少ない。そして、それを知る者は皆その事を承知しているので、普通は口にする事すらしない」
「で、ですが!!」
「……なら、ここでアルコを裁いたとして、君はアルコの力に頼らずにこの地を護れるのかい?」
「そ、それは……」
エルフ王の問いに、副隊長は口籠もる。それは不可能である為に。
「そういう事だ」
「それでも、流石に横暴が過ぎるかと!」
「では、君達はアルコを捕らえられるのか?」
「え、それは……」
「一応言っておくが、アルコは大人しく捕まらないぞ?」
エルフ王は後方のアルコへと視線を向ける。
「赦されぬというのであれば、私は去りましょう。その際、この名を知る者には死んでもらいますが」
「だ、そうだが?」
副隊長へと視線を戻したエルフ王へ副隊長は口を開くが、咄嗟に言葉が出てこないようで、言葉を発するまでには至らない。
「と、言いますか、今からスキアではなく私がエルフを根絶やしにして差し上げましょうか?」
暗く冷たい雰囲気を纏いながらのアルコの言葉に、その場に居る全ての者がそれが本気である事を悟る。
「アルコ――」
そんな中、覚悟を決めてイハがアルコへと声を掛けようとしたところで、アルコが後ろの方へと顔の向きを変えて呟いた。
「来ましたね」
「え?」
それにアルコの後方に目を向ければ、少し先の曲がり角から一人の男がやってくる。それは長年イハの近衛を務めている、先程の副隊長の話に出てきていた男だった。
「御呼びにより参上いたしました!」
イハの姿を確認した男は小走りに近づき、アルコの数歩後方で立ち止まり、イハへと丁寧に挨拶をする。
「ご苦労様。それで訊きたいのだけれど」
そんな男へと、イハは先程聞いた話をして、事実かどうか問い掛ける。しかし、男は酔っていた為にその時の記憶が無かった。
「そう」
イハがそれに残念そうに呟くと、近衛の男は足先からもの凄い勢いで凍りついていく。
「な! これは一体!!」
直ぐにそれに気がついた男は抵抗しようとするも、凍りついた脚が動かず、氷が砕けそうな勢いで転んでしまう。
「うわ! 痛ッ!!」
男は咄嗟に腕で受け身を取ったものの、それでも衝撃が殺しきれずに痛みを覚えるが、それも直ぐに気にならなくほど凍りついていき、数秒で首元まで凍ってしまった。