氷の女王10
「おや?」
イハとアルコが廊下に出ると、横合いからそんな声が聞こえてくる。
二人がそちらに顔を向けると、そこには全体的に線が細く、色白で女性の様な面持ちの男性エルフと、対照的に、戦士の様にがっしりとした体つきに、背が高く威厳を感じさせる面持ちの男性エルフの二人が並んで歩いているところであった。
「御父様! それにイデアルも。二人揃ってどうされたので?」
嬉しそうな笑みを浮かべたイハは、速足ながらも、見苦しくない姿で二人の元に近寄っていく。
「住民が増えたからな、町の整備についてちょっと。それより、イハの方はどうしたのだ? アルコの姿も久しく見ていなかったが」
エルフ王は、イハの後方で部屋から出た場所から動いていないアルコへと目線を動かす。
それに気づきながらも、アルコは冷めた表情のまま、不動の姿勢で立ったまま。不敬ではあるが、アルコにはそれが許されていた。
「スキアの様子について報告を受けておりました」
「そうか」
エルフ王は、イハに王としてではなく父親として笑いかけると、アルコの方へ顔を向けて、王として問い掛ける。
「それで、スキアの方はどうなんだ?」
「変わりません。勢いが増す訳でもなければ、衰える訳でもなく。襲撃数も、襲撃してくる数も何も変わりません」
「数が減らない、か」
「スキアの生態については不明なので、何処かに巣でも在るのか、もしくは流れてきているのかは分かりませんが、どれだけ倒そうとも、減っている印象はありませんね」
「……そうか」
アルコの言葉に、エルフ王は難しい顔で思案を始める。
「しかし、イハ様。近衛はどうされたのですか?」
「アルコが居るじゃない?」
「お帰りの際は? アルコ様が王宮を出られた後は、お一人で戻ってこられるご予定でしたか?」
「相変わらずイデアルはお堅いわね」
「これもイハ様の身を案じればこそです」
心痛そうな表情を向けてくるイデアルに、イハは折れたようにため息をついた。
「分かりました。では、護衛を呼びますわ」
イハは遠話を使用して、護衛を呼ぶ。
「呼びましたわ。これでイデアルも安心できるかしら?」
「はい」
イデアルはイハへと、にこりと満足そうな笑みを向ける。
「これは陛下に、イデアル様!」
そこに王宮の警備をしている兵士達が通りかかるが、エルフ王とイデアルの背中が視界を塞いでいた為に、イハとアルコの姿が視認できない。
呼ばれた二人がその声に振り返ると、それで視線が通り、兵士達がイハとアルコの姿を確認する。
「これはイハ様にフォルトゥナ様!」
その瞬間、世界が凍り付いたかのような濃密な殺意が場を支配した。
「何処でその名を?」
一瞬の内に名を呼んだ兵士の背後に移動したアルコは、そう静かに問い掛ける。
しかし、問い掛けられた兵士は、急に首筋に氷の息を吹きかけられたかのように顔面を蒼白にして、その濃密な殺意に、腰が抜けたように膝から頽れて床にへたり込んだ。
「それで、何処でその名を?」
そんな兵士の様子など気にもせずに、アルコが再度問い掛けると、兵士は今にも死にそうな顔でゆっくりと振り返り、涙を流しながら声を震わせ答える。
「ま、前に、聞いて」
「誰に?」
「それは、あの、近衛の、あの、その」
上手く言葉が出てこない様子の兵士に、アルコは目を少し細めた。
「お、お待ち下さい! フ、アルコ様!」
そこに背後から声が掛けられるが、アルコは視線を兵士で固定したまま動かそうとしない。
「説明は私が行います」
「ふ、副隊長!」
アルコに見つめられている兵士は、助けを求めるように副隊長に目線だけを向けて、情けない声を上げる。
「……それで、誰に聞いたのですか?」
視線を兵士に向けたまま、アルコは再度同じ質問をする。しかし、その質問の先は目の前の兵士ではなく、背後の副隊長であった。
「はい。それは――」
アルコに問われた副隊長は、前に食堂で兵士仲間の男と会話した時の事を話していく。