氷の女王8
エルフの国は日に何度となくスキアの襲撃を受ける為に、アルコはその度に呼ばれ、家には中々帰れなかった。しかし、そんな日々でもたまに時間が空く事がある。
そんな時間は家で身体を休めるようにしていたのだが、そういう日にでも、たまに王宮に呼ばれる事があった。
「やはり、王宮に住む気にはなれないかしら?」
「はい」
「でも、ここからの方が各方面へと移動しやすいと思うのだけれど」
イハの申し出に、アルコは首を振って辞退する。
現在エルフの国は、首都を中心とした狭い範囲にしか町は存在しない。唯一アルコが住んでいる町だけが例外であった。
その首都以外の無事な町々も、日々スキアの脅威に晒されている。
そんな中にあっても、首都だけは周囲の町々が防壁代わりとなっているからか、未だにスキアの襲撃は受けていなかった。
「アルコの望みは出来るだけ叶えるし、不自由はないと思うわ。部屋だって、今の部屋が嫌なら他を用意しますから」
幾度断られても、イハは根気よくアルコの説得を続けるが、王宮に来る度に同じ話をされて、アルコは内心で苛立ち辟易していた。何度も何度もはっきりと拒絶しているというのに、同じ話をされれば誰でもそう思うだろう。
それでもまだ我慢しているのは、しつこいとはいえ、毎度イハがアルコが本格的に苛立ちはじめる直前に引くからであった。
今回だって、そろそろ我慢の限界というところで、イハはこの話を止めて別の話題を持ちだしてくる。
それだけイハとアルコの付き合いは長いのだが、アルコが嫌がっているのを承知でイハがその話をするのは、偏に保身の為であった。
アルコが首都に滞在していれば、もしも首都をスキアが襲ってきたとしても、すぐさま対処が可能だから。
それに加えて、容易に監視下に置けるというのもあった。イハは他のエルフよりはましとはいえ、常にアルコの持つ力を念頭にアルコに対している。
アルコもそれは理解しているので、必要以上に慣れ合うつもりは全くなかったし、いつでも関係を断つ用意は出来ていた。ただ、現在の関係がアルコにとっても都合がいいので、継続しているに過ぎない。
互いにそんな打算に塗れた関係ではあったが、互いにそれを理解したうえで、もうかれこれ十年近く共に過ごしていた。それでもアルコはイハに対して、なんの親しみも抱いていない。それこそ、名前だけは知っている知人程度の認識であった。
しかし、その程度の認識でも、アルコの中ではまだ親しい部類に入る事だろう。他のエルフなど名前を知っていたとしても、大半がエルフの形を取らず、名札を下げた醜い何かとしか認識していないのだから。
「――そういう訳で、現状はどこからも援軍が望めないのよ」
イハがアルコに隣国の現状について語り聞かせる。
「……カーディニア王国の冒険者は一体何をしているので?」
「ガーデン、王都から少し離れた場所にある、ソヴァルシオンという冒険者の街に避難したそうよ」
「では、このまま滅びると?」
隣国の中で最も危機的な状況の国とはいえ、珍しく興味を抱いているアルコに驚きつつも、イハは首を横に振る。
「それは分からないわ。私達は遠話が使えると言っても、精々が森の端ぐらいまでで、ここからカーディニア王国の王都まで届くわけではないから。なのでもう滅びているかもしれないし、もしくは危機を脱しているかもしれないわ。続報はもうすぐ届くとは思うけれど」
「そうですか」
「珍しいわね。アルコが何かに興味を抱くなんて」
「隣国が滅びれば、そこのスキアがこちらに流れてくる可能性がありますから」
「なるほどね。その可能性は高いわ。でも、防ぐ手立てが無いのよね」
イハは困ったように頬に手を添えて考えるも、それは既に賢人達と話し合い、防ぎようがないという結論しか出なかった話であった。
「願わくはカーディニア王国が独力で解決してくれる事ですが。そうしてくれれば、もしかしたら援軍が願えるかもしれませんから」
「そうですね。そうすれば私も余裕が出来るのですが」
「それについては、申し訳ないと思っているわ」
イハが申し訳なさそうな顔と声でそう告げたところで、アルコの下に救援要請が入る。
「要請がありましたので、私はこれで」
「ええ。お願いね」
最後にそう言ったイハへと一瞥だけして、アルコは王宮を後にした。