氷の女王7
「ふぅ。やはりこれは美味いな!」
エルフの首都は幾層かに分かれているが、その一番上にある王宮の直ぐ下の階層には、王宮を守護する衛兵達の暮らしている階層がある。そこで衛兵達は寝起きだけではなく、ちょっとした訓練も行っているのだが、その階層に設けられた食堂の一角で、一人の兵士が仕事終わりの酒を飲んでいた。
「一日の締めは森の恵みに限る!」
森の恵みと呼ばれる、数種類の木の実を発酵させた、甘みと苦みの同居するエルフの国の酒を酒杯に注ぐと、兵士はそれを一気に飲み干す。
森の恵みはそこまで度数の高い酒ではないものの、酒に特別強い訳ではないエルフにとっては、それでも十分酔える酒であった。それを一気に飲んでいくと、当然ながら直ぐに酔いが回っていく。
しかし、兵士はそんな事など気にもせずに、次々酒杯に森の恵みを注いでは杯を重ねていった。
「はぁ。今日も飲む速度が速いんじゃないか?」
そこに他の兵士が四人合流する。その内の一人が呆れたように声を掛ける。
「ハッ! 飲んだら酔うもんだろうが!」
「程々にしておけよ。また何かやらかしても知らんからな」
本格的に酒が回ってきだした兵士にそう返しながら、その兵士は残りの三人に合図して、酔っている兵士を囲むように席に座らせる。
「好きなものを注文しろ。大したものではないが俺の奢りだ、遠慮しなくていい」
「おう! マジか。なら森の恵みを追加で――」
「お前の分は払わんぞ」
「なんだよ、ケチだな」
「一応お前の方が高い給料もらっているだろうが。イハ様の近衛なのだから」
「まぁな。でも、俺みたいな末端じゃ、警備部隊の副隊長様と大して差はないだろう」
「副隊長と言っても、幾つも在る部隊の一つのだから、そんな大層な額ではないさ。というか、同じぐらいなら俺が奢る必要もないだろう? 今日はウチの部隊の新人を連れてきたんだから、もう少ししっかりしろ」
「あぁ?」
大分酔いが回ってきた兵士は、その言葉に他の三人へとろんとした目を向ける。
「おぅ。お前達も大変だなぁ。こんな小うるさいのの部隊じゃ」
「そんなことは……」
「こら! いじめるな」
「へいへい」
森の恵みを酒杯に注いでは呷る兵士に、副隊長である兵士は苦笑いを浮かべた。
それから程なく、四人が注文した品が届くと、四人は祈りを捧げて食事を始める。その頃には、ずっと森の恵みを飲んでいた兵士は完全に出来上がっていた。
「それにしても、最近は忙しいれすねぇ」
少々呂律が怪しいながらも、まだこれなら大丈夫だと判断した副隊長だが、そっと森の恵みを兵士から遠ざける。
「スキアが各地を襲撃しているからな。近々我ら王宮警備の部隊も一部そちらに回されるらしい」
「それは大変らな」
「まぁ、近衛のお前はまだ呼ばれないさ。ここが襲撃でもされない限りはな」
「女神様が護ってくらさっているからな」
「氷の女王、アルコ様か。確かに、あの方のおかげでまだ首都までスキアの脅威は届いていないな。ありがたい事だ」
森の恵みを薄めた酒をちびりちびりと飲みながら、副隊長はしみじみと口にする。それに新人達も話に乗り、アルコの話で盛り上がっていく。ほとんどその強さや気高さなどを称えるだけであったが。
「ふっくふ。そんなお前達に、とっておきの秘密を教えてにゃろう」
そうして話していると、酔っぱらっている兵士が、ニヤリと笑って得意げに身体を前に倒す。
「とっておき?」
副隊長達四人は、そんな酔っぱらいに訝しげな目を向ける。
「そう。女神様の名前らよ」
「名前? アルコ様だろ? そんなのみんな知ってるぞ?」
副隊長の言葉に、新人三人も頷く。
「そうりゃなくて、本当の名前らよ」
「本当の名前?」
「そう。最初にイハ様とれあった時にな、一度だけ名乗った事があったのりゃが、その時偶然俺もその場に居たろぉよ」
「そうなのか。それで? 何て名前だったんだ?」
酔っ払いの戯言として、副隊長は適当に相手をする。
「たしか……あれ? なんらっけ?」
フラフラとしだしたその兵士に、副隊長はそろそろ部屋に連れていかないと不味いなと思い、立ち上がった。
「そうそう。らぁしかフォルトゥナらっらか」
「ほら、もう帰るぞ。送っていくから」
「ふぁーい!」
酔っ払いの兵士は、力なく手を上げて返事をする。
「こいつを送ったら戻ってくるから、少し待っていてくれ」
「はい!」
新人の元気のよい返事を聞いた副隊長は満足げに頷くと、慣れた様子で酔っ払いの兵士に肩を貸しながら、食堂を出ていった。