氷の女王6
『アルコ様』
天上に浮かぶ月が地平の彼方へと沈みかけている時間。家の寝床の上で目を瞑って横になっていたアルコの下に、遠話での救援要請が届く。
「不快な声だ。少しぐらい自分達で対処できないものかね」
救援要請に応じて遠話を終えたアルコは、呆れたようにそう口にしながらも、起き上がって家を出る。
アルコの下に届く救援要請は、一度集められてからアルコの下へと届けられているので、アルコが耳にする声は大体決まっていた。
特に準備の必要もないアルコは、脚力を強化させながら、立ち並ぶ木々を器用に避けつつ、ほとんど一直線に要請があった地に急行する。
「アルコ様がいらしてくれたぞ!!」
到着したアルコを見つけたエルフの兵士が、大きな声で他の仲間に告げると、そこかしこから雄たけびの様な勇ましい声が上がっていく。
それにうるさそうな目を向けながら、アルコは目的のスキアに目を移す。現在は魔法道具で身を固めた兵士達が、エルフの冒険者達と連携してなんとか抑えているところであった。
しかし、兵士と冒険者数十名に対し、スキアの数が五体と多い為に苦戦しているようだった。
(この程度で……)
とはいえ、被害さえ目を瞑れば、対処できなくもない数に思える。冒険者も兵士同様に魔法道具で身を固めているうえに、森に住むエルフにとって、森は得意な地でもある。たとえスキアに地形が関係なかろうとも、迎え撃つ側には関係あるのだから。
そんな状況にアルコは不機嫌になりつつも、1メートルほどの氷の棘を広範囲に20本現出させて、次々にスキアへと放っていく。
アルコが放った氷の棘が全てスキアに命中していくと、五体の内の四体が一瞬で消滅していく。
(邪魔な)
氷の棘を放つ瞬間に射線上に移動した兵士に内心で苛立ちつつも、アルコは直前でその兵士を避ける軌道を取った影響で仕留め損なった一体へと目を向ける。それでも攻撃自体は命中させていたので、見るからに弱っていた。
そこへ、戦っていた兵士と冒険者達が一斉に攻撃を仕掛け、最後のスキアも消滅した。
全てのスキアの消滅を見届けたアルコは、何も告げずに家へと戻る。
(弱い、弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い!!)
道中、アルコはエルフの国の弱さに、改めて苛立つ。
(これで自分達が優秀な種族と勘違いしているのだから救いようがない。自分達の中から幼子の存在を消すぐらいしか出来ない弱者どもが!)
アルコはあまり感情を表には出さない。しかし、それは何も感じないという事ではない。アルコの内には、幼少の頃から積もりに積もったエルフに対しての憎しみが渦巻いていた。
それでも実力行使にでないのは、少年との約束を守っている為。
(あの方は再会した時に、私がこの世界で生きている姿を見たいと仰られた。それまではここが無くなっては困るが、その後は勝手に滅びればいい。もしくは滅ぼしてやる)
アルコにとって、自分を唯一救ってくれた少年だけが全てであり、そこで完結していた。エルフは滅ぼしたいほどに憎くはあるが、そんな憎しみよりも、何よりアルコの中では少年の言葉の方が優先される。
アルコが家に辿り着いた頃には、すっかり朝になっていた。しかし、アルコには参内の義務はない。現在は主に要請があった場合に向かうだけで、それ以外は身体を休めていた。
それは、それだけスキアの襲撃が多いという事を示している。
『アルコ様!』
家に戻り、身体を横にした瞬間に、救援要請が届く。
アルコはそれに応えながら身体を起こすと、家を出る。そんな事を、ここ一年以上ずっと行っていた。
(もう約束の十年も過ぎた)
要請があった場所に到着してスキアを狩ると、家へと戻る。
(そろそろいらっしゃる頃合いのはずなのに)
その道中で、別の方面から救援要請が届く。最近は特に家に帰り着ける方が珍しい。
(いつまでこんなことをしていればいいのですか? 早く私を迎えに来てください。ヒヅキ様)
アルコは心の中で訴えかけるように願いながらも、スキアを狩る日々を送っていく。
颯爽と現れ救出していくアルコのその姿は、兵士と冒険者達の中で敬愛と共に神聖視され、その無表情と氷の魔法の使い手というところから、いつしか多くの者に氷の女王と称えられていた。