氷の女王5
「アルコがあの町を好きな訳がないですのに」
イハは自分の失態に、自嘲するように声を漏らす。
「……そうですね。あの町は、アルコ様を閉じ込めていた檻でしたから」
イハの言葉に、イデアルは頷いた。
それにイハは顔を上げると、髪を片手で強く掻く。
「まったく、あの時の私は何を考えていたのでしょう」
自分の愚かさに首を振りながら、その時の会話を思い出す。
「そういえば、アルコが何故、王宮に居着いてくれないのかについてですが」
そんな事を突然思い出したイハは、不思議そうに首を捻る。
「逆に、何故あの町にこだわるのでしょうか? あの家が特別という事なのかしら?」
アルコが幼少の頃に、隅に追いやられて放置された町。その町中の放置されていた場所近くに、アルコは居を構えている。イハにはそれが不思議でならなかった。
「恨みを忘れない為……でしょうか?」
イデアルの答えについてイハは考えるも、そうであると言えなくはないが、何となくそうではないと思えた。
「アルコが恨みに囚われている様には見えませんが」
「では、何故でしょうか?」
イハの答えに、イデアルも首を捻る。
「狭い場所が好き、という感じでもないようでしたし」
「何か思い出でもあるのではないですか?」
「思い出?」
予想もしていなかったカベサからの答えに、イハは顔を向けて首を傾げた。
「はい。だからあそこに拘るのではないかと」
「……思い出、ですか」
イハは少し考え、カベサとイデアルに問い掛ける。
「そういえば、アルコが唯一必ず身に付けているあのネックレスは、何のネックレスなのかしら?」
どう見ても安物のネックレスに、イハは疑問を浮かべる。アルコはイハの側近。それに加えて、働き相応の給与も渡していたので、もっと高価なネックレスを買うことなど、アルコにとっては造作もない事のはずであった。
「何か魔法的な効果が在る物でもないようですし」
エルフは魔法道具の製作に秀でている為に、見た目は大したことなくとも、驚くほど高性能の魔法道具である場合があり、その場合、見た目は安物のネックレスだろうと、途端に途轍もなく高価で貴重なネックレスに早変わりする。
しかし、イハはアルコが身に付けていたネックレスから、魔法的な反応を感じ取れなかった為に、疑問に思ってそう問い掛けた。
「確かに魔法道具の類いではなかったですね」
カベサはイハの言葉に頷くだけで、アルコのネックレスの由来などについては特に知らないらしく、そこについては言及しない。
「もしかしましたら、ですが」
「何か知っていて?」
イデアルはそう言うと、一瞬言い淀むような間を空ける。
「アルコ様を救った、という方の所持品なのでは?」
「アルコを救った……ああ、皆に恐れられ見放されたアルコに手を差し伸べたという。でも、それが誰なのかは分からないのでしょう?」
「はい。アルコ様には誰も関心を寄せないようにしていたようで。更には、当時既に亡くなっているものだと思われていたようです」
「そう。なら、それが誰かは分からないけれど、感謝しないといけないわね」
「はい」
「それで、あのネックレスがその人物の所持品だと?」
「確証は在りませんが、アルコ様が関心を寄せそうなことと言えば、それぐらいかと」
「そうね……本当に誰なのかしら? あのネックレスが本当にその人物の物だとしたら、そこから何か分からないかしら?」
「特定は難しいでしょうが、ある程度は分かるかもしれません」
「そう……では、少し調べてみてくれる?」
「畏まりました」
「ですが、あまり立ち入りすぎないように」
「心得ております」
「ならいいわ。そちらの方をよろしくね」
イハの言葉に、イデアルは承知したと軽く頭を下げる。
「それで、次の書類はどれかしら?」
会話をしながらもしっかりと書類を処理していたイハは、カベサに手を差し出し、次の書類を要求した。