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氷の女王3

 その時の記憶は、十年以上経った今でも色褪せることなくアルコの記憶に深く深く刻まれている。それどころか、日に何度となく少年と過ごした月日の事を思い出していた。

「…………ふふ」

 家に帰り着いたアルコは、口元に幸せそうな笑みを浮かべる。

 その月日がアルコにとっての心の拠り所で、幸せな瞬間であった。

「貴方様の言いつけ通りに、私はまだ生きております。ですので、約束通りにまたお会いしとう御座います」

 アルコは胸元のネックレスを大事そうに握りしめると、祈るようにそう口にする。

 それはかつて死を望んだ少女と、その少女に寄り添った少年との別れの際に交わされた約束にして、アルコが未だにこの地に留まり、国を護る理由であった。





「はぁ」

「お疲れ様です」

 王宮の一室で、イハは執務を終えて一息つく。

 イハは現エルフ王の娘ではあるが、エルフの王位は血によって決まる訳ではないので、王位継承者ではない。それに、親である王が退位した後は王宮から去る可能性が高い為に、権力もそこまで持っていないし、機密に関わる事にもあまり触れる機会がない。

 なので、本来そこまで仕事が多くはないのだが、現在はイハ付きであるアルコ関係で、回ってくる仕事が急激に増えていた。

「ええ。仕事の方はいいのよ。元々暇していたのだから、これぐらいであれば苦労にもならないわ」

「それはようございました。余裕があるというのであれば、まだまだ目を通して頂かなければならない書類が山のように在りますからな」

「う。カベサも容赦ないですね」

 イハは隣に立つエルフに少し恨みがましい目を向けるも、カベサは涼しげな表情を浮かべている。

 そのカベサと呼ばれたエルフは少し背が低いものの、叡智の宿る瞳をした男性で、見た目は若いが、そろそろ老境に入る老人であった。

「それで、どうかされたのですか?」

「ん? ああ」

 イハはカベサから机を挟んだ向かい側に立つ、すらりとして利発そうな顔をした男性エルフに目を動かす。

「今朝、アルコの機嫌を損ねてしまったようでして」

 そう言うと、イハは疲れたように笑う。

「ああ、今朝の」

「……見ていたので? イデアル」

「イハ様がお一人なのを偶然お見かけしましたので、護衛をと思いましたらアルコ様に声を掛けられましたので、私から声を掛ける機会を逸してしまいまして」

「そうですか……まぁいいでしょう」

「ふん。あんな冒涜者などを気に掛ける必要などありますまい」

 イハとイデアルが話をしていると、隣でカベサが鼻を鳴らす。そんなカベサへ、イハは鋭い目を向ける。

「貴方みたいな古臭い考えの者が居るから、アルコもここに居着いてくれないのでしょうね」

「いい事ではありませんか! イハ様の寝室の隣を与えるなど、元々厚遇が過ぎたのです」

「はぁ。私は貴方が賢者として招かれたと記憶していますが、また随分と頭が固いですね。現実を見てください。この国が未だ健在なのは、アルコのおかげでしょう?」

「しかし!」

「それに、アルコがあの力を私達に向けた事がありましたか? 貴方達が彼女を恐れて殺そうとした幼少の頃から今まで、それは一度としてないらしいではないですか。貴方達が殺そうとしたあの頃でも、ですよ?」

「それは、力が上手く使えなかっただけかと」

「では、今は?」

「イハ様に仕えているのですから、赦されるはずがありません」

「はぁ。本当に貴方は私の知っている、賢者と呼ばれているカベサですか? 幼少の頃は知りませんが、少なくとも、現在はアルコを御せる者は存在しません。それは私でもです。アルコは如何な罪を犯そうと、それを赦される存在。仮に王を殺したとしても、ですよ」

「…………」

「それでもアルコはあの力を私達に向けはしない。スキアにさえそうそう使わない程に安易に使用しないのですから。なのに何故、認識を改めようとしないのですか? 臆病なのはいいですが、現実を見ずに頑ななのは、ただの愚者ですよ?」

「それは……しかし――」

「愚かな」

「何!?」

 なおもイハに何かを告げようとしたカベサだが、そこにイデアルの侮蔑的な言辞が聞こえて、カベサはそちらに強い目を向けた。

「愚かと言ったんです。耳まで遠くなりましたか? ご老体」

「貴様! 私を愚弄するのか!?」

「ええ。貴方が賢者? ただ知識が在るだけではないですか。図書館で調べるよりは早い程度の存在が賢者? 笑わせないでください」

「若造が! 口にして良い事と悪い事があるぞ!!」

「あの」

 口論を始める二人に、イハは困ったように声を掛ける。

「仮にそれが賢者としての資格だとするならば、図書館に納められている蔵書全てを記憶されているアルコ様も賢者ということになりますね」

「ハッ! あんな冒涜者が賢者な訳があるまいて!」

「事実を事実と認められないとは、流石は現実が見えていないだけありますね」

「それが、今までこの国に貢献してきた者に対する態度か!?」

「それが、現在この国に貢献している者に対する態度ですか?」

「それは私も同じであろう!?」

「過去に貢献しているのは私も一緒ですよ?」

「あの!」

 しかし、二人はイハの声が聞こえないようで、変わらず口論を続ける。そんな二人へと、イハは更に大きな声を出して制止しようとするが。

「それに、現在最もこの国に貢献している者へ悪態しかつけぬ老体にどんな敬意を抱けと? 年を取っただけで無条件に敬ってもらえると勘違いしているのですか?」

「あんな冒涜者なぞに頼らずとも、スキアぐらい防いでみせるわ!」

「そんなんだから、自称賢者なのですよ」

「何!?」

「お願いですから、現実を見てください」

「見ているわ! その上での判断よ!!」

「あの!! 私を無視するのですか!!?」

 机を強く叩いて大声を上げたイハに、カベサとイデアルは我に返り、恐縮して口を噤む。

「まったく。するなら口喧嘩ではなく、口論をしてください」

 そんな二人の顔を交互に見比べたイハは、先程の怒声を引っ込め、呆れた声を出した。

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