氷の女王2
エルフの首都である大樹を出る為に地上部分まで降りてきたアルコは、町の中を通り出入り口へと向けて歩いていく。
(醜い、実に醜い)
周囲のエルフへと冷めた目を向けながら、アルコは内心で嫌悪する。
(己ら以外を見下すゴミが集まった、掃き溜めの町)
エルフの首都はエルフしか入れない。例外は招かれた者だけだが、この地に首都が築かれて千年以上が経つというのに、エルフ以外の種族がこの地を訪れたのは、数えるほどしかない。
(いや、ここだけではないか。この世は自分の価値観にそぐわぬモノを排する事しか能のない愚者ばかり。弱者に手を差し伸べる者など、ほとんど存在しない)
見てくればかりのエルフ達を横目に、アルコは首都を離れていく。
首都からアルコの家が在る町まで、普通はどんなに急いでも数日は掛かる距離があるのだが、アルコの足をもってすれば、一日どころか数時間程度の距離でしかない。
アルコはいつもより急いで町へと向かう。もしも何処かにスキアが現れれば、遠話と呼ばれるエルフ独自の魔法で救援要請が飛んでくる。
(もう助ける必要もないんだがな)
そうは思いつつも、まだエルフの国に滅んでもらっても困るアルコは、スキアが現れた際には討伐に赴いていた。
森の中をかなりの速度で進むと、アルコは目的の町に到着する。
そこは現在首都から最も離れた場所に在る唯一の町で、かつては盛況を極めただけに、今でも三百にも満たない住民が暮らしている小さな町。そして、こうなる前は交易の中心地として他種族との交流が盛んにあった為に、町の中心地辺りの木が少しだけ伐られて道が作られている。
本来であれば、既にスキアに蹂躙されていてもおかしくない位置に在る町だが、アルコが拠点として護っている為に、未だに壊されずに残っていた。
それでも場所が場所なだけに、町の住民の数は日に日に減っていっている。
アルコは寂しくなったその町を、自分の家目指して歩いていく。
町の中では、今でも時折エルフ以外の種族も目にするが、数はそう多くはない。住民のエルフが首都やその周辺の町へと居を移しているので、相対的に一気に増えたような気もするが、それでも住民全体の一割にも届かないので、錯覚でしかない。
アルコは町中を進み、自分の家近くに在る住宅地の前で足を止めると、そちらへと目を向ける。
(ここも変わったな)
数年前までは浮浪者のたまり場であったそこの木々は、今では綺麗な住居が木の上や中に造られていた。
「…………」
今から十年ほど前までそこに居たアルコは、家へと帰りながらその時の事を思い出す。
幼少の頃、アルコは生命への冒涜者として、エルフ世界から迫害を受けていた。それはアルコの力を周囲が恐れたが故に行われた事であった。
幼いアルコは、何故自分が迫害されているのか理解出来ず、理不尽な世界に絶望して、町の片隅で死を待っていた。
そんなアルコに、周囲のエルフ達はアルコの力を恐れ、一切何もせず、殺そうとも触れようとも追い出そうとも、見ようともしなかった。それはまるで、そんな者などはじめから存在していないとでも言わんばかりの態度。
町の片隅で、アルコは餓えも渇きも忘れるほどの日数じっとしていたが、中々死は訪れてはくれない。
孤独な世界でじっと死を待っていたアルコはある日、いつの間にか隣に少年が座っている事に気がついた。
その少年は、毎日朝早くから夜遅くまで、特に何をするでもなく、何処か遠くを見つめたまま、黙ってアルコの隣に座っている。
少年は雨の日だろうと風の日だろうと、暑かろうと寒かろうと関係なく、毎日同じ時間にやってきては、同じ場所に同じ体勢で座り、同じ様に何処か遠くをじっと眺めて変わり映えのしない時間を過ごしてから、毎日何処かへと帰っていった。
アルコがそんな少年の存在に気がつき、半年以上が経ったか。アルコは何故か中々訪れてはくれない死に失望する代わりに、その少年に興味が湧いてきた。
少年はそんなアルコの心境の変化に気がついたのか、ある日唐突に、いつも通りに遠くへと向けていた視線ごと、顔をアルコの方へ向けてきた。
初めて正面から見た少年の顔は、表情らしいものがみられない暗いモノであったが、少年がその暗い瞳に確かに自分を映している事に気がつき、アルコは初めて温かさというものを感じる。
『……ぁ、……ぃ――』
アルコは思い切って少年に声を掛けようとするが、長いこと声を出していなかった為に、全く声が出てくれない。
そんなアルコに、少年は口の端に小さく親しげな笑みを浮かべると、ゆっくりとした口調で語り掛けてきた。