竜神15
「礼は必要ない。これは私がやってしまった事だからね」
ヒヅキの礼の言葉に、竜神は軽く首を振って、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
「それよりも、他に何かあるかな?」
「いえ、これで十分です。ああ、いえ、ではもう1つ宜しいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「地上へ戻りたいので、そこの扉を使用しても宜しいでしょうか?」
「それは勿論。君であれば、外からここへと来ることも許可しておこう」
「ありがとうございます」
「いつでも歓迎するよ」
やっと笑みを浮かべた竜神に、ヒヅキは頭を下げる。
「それでは、私はこれにて御前を失礼しても宜しいでしょうか?」
「ああ、今回は迷惑をかけてすまなかったね。助けてくれてありがとう。君のおかげで助かった。また何かあったら来るといい。私に出来る事なら力を貸そう」
「お心遣い感謝致します」
竜神の申し出に礼を述べると、ヒヅキはウィンディーネの傍に置いてあった背嚢を右手だけで何とか背負い、青白い輝きを放っている地上への出口の前に立った。
「これは、このまま進めばよいのでしょうか?」
「ああ。そのまま進めば地上の泉の中から出られるよ。この扉を使用している時は、泉の水では濡れないので安心していい」
「ご説明ありがとうございます。それでは失礼致します」
歩き出したヒヅキは、扉の青白い光の中に消えていく。
「まぁ、ヒヅキも無事に目覚めた事ですし、今回はこれぐらいで許してあげましょう。……それではね。もうあれに目を付けられないように」
「……はい。ウィンディーネ様もお気を付けて」
「そうね。だけどまぁ、私は大丈夫よ」
「…………」
不敵に笑うウィンディーネに、竜神は微妙な顔を浮かべる。
「それに、仮に私を堕とそうと画策するのであれば、それはこの世の終わりでしょう」
「……そう、ですね。ウィンディーネ様を止められるものなど限られておりますから」
その竜神の言葉に、ウィンディーネは何も言葉を返さず、ヒヅキに続いて扉の中に入っていった。
「…………ふぅ」
それを見届けた竜神は、肩の荷が下りたかのように力を抜く。
「生き延びたな。堕ちずに済んだのは僥倖だ。だが」
竜神は、先程扉を通っていったヒヅキの事を思い出す。
「あの人間はまた大変な相手に気に入られたものだな。助けて貰った恩もある事だし、出来るだけ力になってやりたいが……」
そこで竜神は、力なく首を振る。
「私では力が足りない。あの方は私と違い特別な存在の一人。それに対するのであれば、同等な実力者でなければ……今私に出来る事は、あの人間の先に幸多い事を祈るしかないか」
◆
森の中に在る泉の縁に右手を掛けると、ヒヅキは泉の中から一気に姿を現す。
「中から周囲の様子が見えるのはいいな。それに、本当に濡れていない」
周囲の様子と身体の状態を確認したヒヅキは、背後の泉の方に目を向ける。
「ウィンディーネは……まだか」
気配を感じられないウィンディーネに、一瞬ヒヅキは急いでこの場を離れようかと考えたが、無駄な事だと考え直す。
ヒヅキはウィンディーネを待つ間に背嚢の中身でも調べておこうと思い、背嚢をなんとか降ろして中身を確認する。
(木の実などの食料の一部がぐちゃぐちゃになっているが、被害らしいものはそんなものか……?)
竜神の攻撃から逃れる際に強打した割には妙に損害の少ない背嚢の中身に、ヒヅキは首を傾げた。
(この背嚢には、あの衝撃を吸収出来る魔法は掛かっていなかったはずだが……ん? これのおかげか?)
不思議に思いながら背嚢を漁ると、遺跡で見つけた水瓶が目に留まり、それを取り出す。
(これが支えになったのか? いやしかし、これも大きくはあるが、背嚢の中を支えるには些か不安がある大きさだが……まぁよく分からない代物だ、そんなこともあるか)
考えても分からないと判断したヒヅキは、諦めて背嚢に水瓶を仕舞い、中身を軽く整理してから背嚢を背負い直した。
それから数秒後に、泉の中からウィンディーネが姿を現した。
「待たせたわね」
「どうかされたので?」
「ちょっと竜神と話をしただけよ」
「そうでしたか」
ヒヅキは森を出る為に歩き出す。その横にウィンディーネが続く。
「そういえば、竜神とウィンディーネは同格の存在でしたよね?」
「そうよ」
「先程の感じから、竜神はウィンディーネを畏れていたような気がするのですが?」
「ああ。それは簡単よ。同格であれば、あとは実力で上下が決まるものでしょう?」
「そういう部分もありますが」
「そもそも、私達は3層の階級が在るの」
「3層ですか?」
「頂点は勿論この世界を創造した神で、その下に神の眷属が居て、私達は更にその下。同じ階層であれば同格だけれど、実力はかなりばらつきがあるのよ」
「なるほど。ウィンディーネ達と神の間には、まだもう1つ階層があるんですね」
「そうよ。私の知る限り三人居るわね。そして、ヒヅキ達にとっては、その3層に属する全ての存在が神と崇める対象になり得るのよ」
「そうなんですね。まぁ、高いところに居ますからね」
ヒヅキは自分の左腕に目を向ける。
「私達相手にあれだけ戦えれば十分よ」
「まぁ、そうですね」
ウィンディーネの言葉に、ヒヅキは微かに苦い笑みを浮かべながらも、エルフの国を目指して森の中を進んでいく。
(それにしても……)
ヒヅキは歩きながら、竜神の殺されかけた時の事を思い出す。
(許されないとは、なんだ?)
落ち着いて考えると、死に瀕した際に浮かんだ自分の思考のおかしさに気がつく。
(今までも死にかけた事は何度かあったが、諦めたり抗うのではなく、許されない? あれは本当に俺の思考だったのか?)
自分のとは思えない考えに、ヒヅキは内心で訝しむも、それに対する答えはでない。しかし、思い当たる節はあった。