竜神14
「ん、ぐ……んん?」
目を覚ましたヒヅキは、僅かに痛みで顔を歪ませながら薄く目を開けると、周囲に目を向ける。
「あら? 起きたわね」
そこに上からウィンディーネの声が降ってきて、ヒヅキは目を開けた。
「えっと……?」
ヒヅキが目を開けると、青白い光が世界を照らすなか、岩の上に腰を下ろしたウィンディーネに、赤子の様に横向きに抱きかかえられているところであった。
「おはよう。気分はどうかしら?」
ウィンディーネの問いに、ヒヅキは気を失った時の事を思い出す。
「ああ」
短くそう呟くと、ヒヅキは自分の左手を持ち上げた。
「ウィンディーネに助けられたのでしたね。うっ!」
そこに本来在るはずの肘から先が無い自分の腕を見たヒヅキは、強烈な違和感にこみ上げてくるものを覚え、急いで右手で口を押さえる。
それを気力で抑えて喉を鳴らすと、同時に沸き上がった恐怖を落ち着ける為に、意識して深く呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
「大丈夫かしら?」
「はい。もう大丈夫です」
ヒヅキは頷くと、もう一度深く呼吸をした。
「助けていただき、ありがとうございます」
「気にしないで頂戴」
礼を言ったヒヅキは、起き上がろうと身体に力を入れる。
「ぐぅっ」
しかし、思うように身体に力が入らず、上体を起こす事さえままならない。
「魔力を使い過ぎたのだから、もう少し横になってなさい」
「……分かりました」
ウィンディーネに窘められ、ヒヅキは身体から力を抜き、緩慢な動きで周囲を見渡す。
「ここは、また地下ですか?」
青白い光が照らす暗闇に、ヒヅキはウィンディーネ以外の存在を認めて、目の動きを止める。
それは純白の服を着た、顔の整った青年であった。ただ、何故か身体を縮めて、もの凄く恐縮そうにしながら、小石混じりの砂の上で正座している。
「ええ。竜神の住処よ。そして、そこに居るのが竜神よ」
「竜神……やはり姿は自在なんですね」
「そうね。ある程度は自由に出来るわよ」
「それで、何故あんなに叱られた子どもの様にされているのですか?」
「反省しているのでしょう」
「反省?」
「穢れに我を忘れて、ヒヅキを襲った事よ」
「ああ。しかし、それはしょうがないのでは?」
「いいえ。完全に堕ちていないのであれば、自我は保てるものよ」
「はぁ。そうなんですね」
人間であるヒヅキには分からない話に、曖昧に頷く。
「まぁそれはそうと、ウィンディーネは約束通りに穢れを祓ってくれたのですね」
「ええ。ヒヅキとの約束ですもの」
ヒヅキに笑いかけたウィンディーネは、竜神の方に顔を向ける。
「いつまでもそうしていないで、何か言ってはどうかしら?」
ウィンディーネに促された竜神は、ビクリと僅かに肩を震わせて、おずおずとヒヅキに声を掛ける。
「この度は、助けていただき感謝しています。それと、そんな風にしてしまい申し訳ありません。私に出来る事でしたら、何でも言ってください。その失った腕を元に戻す事も出来ますので」
およそ人間に対するモノとは思えない竜神の言葉や態度に、ヒヅキは一度ウィンディーネに目を向けてから、竜神の方へと目を戻す。
「寛大な御言葉ありがとうございます。ですが、腕はこのままでいいです。これは自分の弱さが招いた結果ですから……」
火傷の痕が残る左腕に口惜しげな目を向けたヒヅキであったが、直ぐに何か要求しないと失礼かと思い直す。それに、なんとなくここで何か要求しておかなければ、竜神が可愛そうな気がしたのだ。
「なので、出来ましたら身体の怪我を治してはもらえませんか? 特に脚は動かせないもので」
「お任せください!」
ヒヅキの言葉を聞いた竜神は少し顔を輝かせた……様にみえた。
竜神はヒヅキの要請に応じて傷を癒す。手足にまばらに残っていた火傷の痕も消えていく。
「ありがとうございます」
痛みが引いて、身体も軽くなったヒヅキは、身体を起こしてウィンディーネの腕の中から降りると、身体の調子や怪我の具合を確認してから、そう竜神へと礼を告げた。