竜神12
(さて、どうしたものか)
ヒヅキは続く竜神の水球での攻撃を回避しながらも、素早く周囲を確認する。
竜神の住処には、竜神以外に住処を青白く照らす大きな円形の何かが在るだけだった。
(あれが地上への出入り口か? しかし、分かったところで、あの巨体をどうすれば?)
ヒヅキに出来る事と言えば、周囲を光で照らす事と、斬るか爆破する事ぐらいだ。それでどうやって竜神を地上へ運べばいいというのか。
(そもそも、俺の攻撃は竜神に効果があるのか? 万が一にも攻撃が通ってしまっては不味いから試せないが……考えろ、流石にあの巨体を押すのは無理だ)
竜神の攻撃を避けつつも、ヒヅキは少しづつ竜神から距離を取っていく。
(周囲に罠が在るかの確認は出来ないが、寝床の近くにはないだろう。そう信じるしかないが……)
竜神から距離を取ったことで、水球の攻撃も精度を欠いていく。
(そろそろかな?)
余裕で水球が回避出来るようになったところで、竜神が身体をヒヅキの方へと伸ばし、動き出す。
(追っては来る、か。さて、それはどこまでなのか)
出来るだけ通った道を選んで後退しながら、ヒヅキは竜神へと目を向け続ける。追ってくる強大な相手に、目を離す事など出来なかった。
(速い!!)
竜神は距離を詰めながら水球を現出させると、それを放つ一瞬だけ動きを止める。そのおかげで、ヒヅキは何とか追いつかれずに済んでいた。ただし、狙いを定めて放たれた水球の精度は高く、また弾速が速い為に回避は難しい。
(クソッ! ここは一か八かだ!!)
焦りと苛立ちを紛らわすかのように内心で悪態をつきつつ、ヒヅキは飛来してきた水球へと、魔砲を放つ。ただし、水球の威力と速度を弱める事が目的の為に、出力は多少抑えた。それでもスキア相手であれば、それ一発で容易に滅ぼせるぐらいの威力ではあるが。
ヒヅキが放った魔砲の光弾と竜神の水球が衝突すると、水球の中に飲み込まれた光弾は、あっさりと消滅する。しかし、それで水球の威力と速度が一気に落ちた。
(これならいけるが、連発はキツイな。このまま竜神の住処に引き返して、地上に出ても追ってきてくれれば楽なんだが、保証はないものな)
どうしても回避が難しい場合や、追いつかれそうな時にだけ魔砲を放ちつつ、どうすればいいかを頭の中で考え続ける。
(入ってきた所まで戻る? 遠すぎて追いつかれる。罠を利用する? どこに何が在るか分からない。天井に穴をあける? それにも少し時間的余裕が欲しいが……ん?)
そこでヒヅキは思い出す。天井から顔を覗かせていた魔法道具の事を。それも、周囲数十メートルを爆発させる魔法道具だ。岩盤がどれだけの厚みがあるかは分からないが、一応内部からの破壊なので、亀裂でも入っていれば、天井を崩すことが出来るかもしれない。
(竜神と心中かな? 笑えない)
ヒヅキは自分の考えに苦笑する。しかし、他に思い浮かぶ手もない。
(確か場所は、この辺りだったはずだが)
そう思い天井に目を向ければ、微かな光を確認する。
(起動には時間が掛かる、だったか)
ヒヅキはその光目掛けて、極小の光弾を射出する。光弾は闇に線を引く速度で飛んでいくと、魔法道具にぶつかる前に爆発した。
(衝撃はこれぐらいでいいのか?)
祈るような思いでその下を駆け抜けると、竜神がその後を追って駆け抜ける。それから少しして、ヒヅキが十分離れたところで、後方から大きな音が響いた。
(さて……)
ヒヅキは方向を転換すると、竜神へと向けて駆けていく。
(何処に罠が在るか分からないからな!)
竜神との距離を詰める事に、ヒヅキは柄にもなく恐怖する。鼓動は早くなり、喉が渇く。出来れば今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいではあるが、それでも退くわけにはいかない。
(……大きいな)
それは体格だけが原因ではなく、存在そのものが大きく、感じる重圧は押し潰されそうな程。明らかに自分よりも上の存在に、ヒヅキは踏ん張るように歯を食い縛る。
(これでウィンディーネより実力が下か)
その事実は、ヒヅキにとっては悪夢でしかなかった。
そして、ヒヅキと竜神の距離が詰まると、竜神はその大きな口でヒヅキに噛みついてくる。
前方の上から滑り降りるように迫りくる大きな口に、ヒヅキは全力で脚部強化を施し、竜神の口の下を紙一重で潜り抜ける。
(ッ! 脚が)
しかし、その全力の速度はヒヅキの脚への負担が凄まじく、骨も筋肉も関節も何もかもが悲鳴を上げていた。
竜神の身体の横を駆けながら、そんな状態でもヒヅキが止まる事は許されないようで、方向転換した竜神の口が背後から迫ってきていた。それに加えて、前方から竜神の尾の先が、ヒヅキを突き刺すような勢いで迫ってきている。
(もう少し耐えてくれよ、俺の脚!!)
脚の強化を維持しつつ、ヒヅキは痛みに顔を歪めながらも、竜神の尾へと突撃していく。
(ここで!)
ヒヅキは尾の先とぶつかる直前に跳び上がり、小山のような竜神の身体を跳び越える。しかし、そんなヒヅキの動きに合わせて、すぐさま竜神の尾と頭が向きを変えて迫ってくる。
(クソッ!! このままでは逃げきれない!!)
迫ってくる竜神の尾と顔に、ヒヅキは空中で身動きが取れない状態の中、賭けに出る。それは、極小の光球を身体から少し離しただけの位置で爆発させる事で、その衝撃で距離を取ろうというモノ。
それを実行に移すと、ヒヅキは爆発した勢いで後方に飛ばされ、竜神の尾と顔は僅かに動きを止めた。
しかし、そんな事をしてヒヅキの身体が無事な訳もない。
直前で腕で頭は守り、脚を曲げて身体を丸めたおかげで頭部は無事で、胴体は岩盤に激突した際に背中を強く打ったものの、背嚢のおかげで怪我は無かった。ただ、強打した為に背嚢の中身は心配ではあるが。
腕は爆発の衝撃で左手の肘から先が綺麗に吹き飛んでいた。それは規模は小さくとも、魔砲の爆発を近距離で受けた代償であった。右手は欠損こそしていないものの、酷い火傷を負っている。
脚は腕同様に爆風で負った火傷や、転がった時に出来た擦り傷で血塗れではあるが、幸い両脚共に欠損は無い。ただし、それで脚に限界がきて動かなくなってしまった。