竜神11
「この倦怠感にも似た身体の重さ、目的地が近いという事ですか」
一度無理矢理大きく呼吸をすると、気合いを入れ直して歩みを再開させた。
罠を警戒しながらとはいえ、今まで以上に重い歩みで進んでいると、視界の先に微かに光を反射させる何かを見つける。
「あれは?」
ヒヅキはそのままそれに近づくと。
「透明な壁?」
目の前にある透明な壁へと、ヒヅキは恐る恐る手を伸ばして触れてみるも、ただ何か硬いものがある感触があるだけで、特に何も無かった。
「あの子の結界ね」
「結界?」
「ここから先は招待客しか通しませんよ。ってことよ」
「なるほど。では、どうすれば?」
「そんなの壊せばいいじゃない」
「え?」
そう言ったウィンディーネがみえない壁へと無遠慮に手で触れると、そこからひびが入り、無残にみえない壁は砕け散る。しかし、派手な見た目だった割に、音は一切しなかった。足下にも、破片の様な物は何も無い。
「ほら、これで通れるわよ」
「……そう、ですね」
おそらく、ヒヅキでも壊せるかどうか分からないぐらいにもの凄く頑強な壁だったであろうそれを、いとも容易く破壊したウィンディーネに、ヒヅキは内心で苦笑する。
みえない壁を越えて先へ進むと、急激に穢れの気配が濃くなっていく。
「……これでまだ堕ちていないのですか?」
「そうよ。これで、私達が堕ちる事の深刻さが解るかしら?」
「ええ。まだ堕ちてない状態でこんなにとんでもないのですから、その先は……正直考えたくないですね」
「まぁ、墜ちた神によっては、世界が終わりかねないもの」
「……恐ろしいものですね」
「あら? それは本心からかしら?」
「……さぁ? 少なくとも、厄介であるとは思いますよ」
「そう。やはり……」
「何かあるので?」
「いいえ。ヒヅキは人並み外れた胆力だと思っただけよ。それとも、恐怖心が薄いのかしら?」
「さぁ? それは分かりませんね」
「そう……自分を知るのは大切な事よ」
「? そうですね」
いつもと違い、真剣味のある口調のウィンディーネに、ヒヅキは不思議そうに首を傾げる。
「ま、間に合えばいつか解る日が来ると思うわよ」
それだけ言うと、ウィンディーネは前を向く。
「間に合えば?」
ヒヅキは危険も忘れてその横顔に数秒目を向けるも、直ぐに思い直して前を向く。
「そろそろよ」
それからも、暗闇の中を光球の先導で進むと、奥に青白い光が照らす場所が現れる。その青白い光が、とぐろを巻いた巨大なヘビのような存在を照らし出している。
「ッ!」
身体の上に頭を置いたその存在は、薄っすらと光る目をヒヅキ達の方へと向けていた。それを確認したヒヅキは、感じる重圧に喉を鳴らす。
「あれが、竜神」
「ええ。もう大分穢れに侵蝕されているみたいね。これは早い内に対処しなければ、堕ちるのも時間の問題ね」
「言葉が通じればいいのですが……」
「……そうね」
ヒヅキの言葉に、ウィンディーネは少し考え同意を示す。しかし、その後に無理だと思うけれど、という言葉が続いているのが感じ取れた。
それでも他に手がないヒヅキは、竜神へと声を掛ける。
「初めまして。私はヒヅキと申します。竜神様の穢れを祓う為にここへ参りました。その為にも、出来ましたら地上へと場所を移して頂ければと――」
そこで竜神は頭を持ち上げると、口をがぱりと開き、そこからヒヅキより大きな水球を現出させる。
「――御聞き届け頂けなさそうですね!!」
ヒヅキは容赦なく飛んできた水球を後ろへ跳んで避けると、そのまま更に後ろへと大きく下がっていく。気がつけば、ウィンディーネは姿を消していた。しかし、近くに居るのだけは感じ取れるので、ヒヅキを見捨てたという訳ではないようだ。
それでも手助けする気はないようなので、ヒヅキは単独で竜神をどうにかして地上まで連れ出さねばならないらしい。地上に出ればウィンディーネが浄化してくれることを信じて。