ソヴァルシオン
ガーディニア王国には国土の3割近くを占める起伏の乏しいなだらかな平原が存在する。
その地平の彼方まで広がっているかのような広大な平原の名をプスィヒ平原といった。
そんななだらかなプスィヒ平原を進むと突如として丘のように地面が隆起したかのような場所が現れる。それは数十メートルもの高さの赤銅色の立派な壁に囲われた街で、人々からは冒険者の街とも呼ばれる場所。それがヒヅキたちの目的地である“ソヴァルシオン”であった。
前にヒヅキが読んだことのある記録では、ソヴァルシオンは1000平方キロメートルを超える広大な土地に50万人近くの人間が住んでいると書かれていた。これは、ガーディニア王国の首都である“ガーデン”と比較すると、人口の面ではガーデンが65万人であるのでそれに劣りはするが、面積の方では平原に造られた街だけに、ソヴァルシオンの方に軍配が上がるほどの広さを誇っていた。
しかしこれはヒヅキが読んだ書物が書かれた当時の記録である。
本来ならば王国中枢の人間しか閲覧出来ないであろうその記録をヒヅキが読むことが出来たのは、長年築き上げてきた特殊な繋がりからであった。
それだけにかなり貴重な情報ではあるのだが、骨を折ったとはいえ、しょせんは辺境の村の一村人でしかないヒヅキが目に出来るようなそれはだいぶ古い記録であった。なので、現在はそれ以上に栄えているかも知れないし、その逆かも知れなかった。
◆
夕方から夜になろうかという時間。しとしとと小雨が降るなか、ヒヅキは入国検査を念入りに受けると、そのまま入国を許可される。その頃にはすっかり夜になっていた。
そのあと見上げるだけで気圧されそうな威圧感を感じる頑丈そうな門を潜ると、念願だったソヴァルシオンに足を踏み入れた。
「はーーー」
街灯に照らされた―――驚くことに全て火や光石ではなく魔法光のようであった―――門の内側に広がる夜の街並みを見たヒヅキは、驚きとも感嘆ともつかない声を出しながら辺りを見渡す。
一言で言い表すならば、ソヴァルシオンは石で出来た街であった。
まず、地面は全てきれいに石が敷き詰められており、見渡す限り土気色の地面が露出しているような場所は全くといっていいほどに存在していなかった。
次にその堂々とそそり立つ壁は平原では滅多に見られない巨石とレンガで出来ており、その労力を考えるだけで自然と頭が下がる思いになる。そんな壁が2重になっているのだから、ただただ驚愕するしかない。
正直、資材や資金に労力などを考えると、これだけの計画を実行した者は狂人だとさえ思えるほどであったが、ガーデンも内側は石畳が敷かれ、街は3重の壁に守られているという話を行商人から聞いたのを思い出したヒヅキは、大都市というものはそういうものなのかと納得すると同時に、ガーデンのその威容も一度は見ないといけないなと、心のメモ帳に書き留めた。
そんな頑丈そうな箱庭に建ち並ぶ家々もレンガ造りの家が多く、まさしく石の街という感じであった。
「この壁に守られているだけで安心感があるのは分かるな」
ソヴァルシオンの人口が増えた要因の1つを目の当たりにして、知識だけでは感じられなかった深い納得をヒヅキは実感していた。
「ふふ、さぁギルド本部に向かいましょうか」
目を輝かせてソヴァルシオンの街並みを見ているヒヅキに、子どもに向けるような慈愛に満ちた目と笑みを向けたルルラがそう告げてくる。
その声に我に返ったヒヅキがひとつ頷くと、六人はギルド本部へと向かうのだった。