竜神3
二人が向かった先には、穴があった。
それは誰かが掘った穴というよりも、下にあった空洞部分へと地面が陥没したかのような、そんな荒々しい穴であった。
「これが遺跡の入り口の様ね」
その穴を見下ろしたウィンディーネが、そう口にする。
「気配もこの下からですか」
足下から這い上がるような気味の悪い気配に、ヒヅキはため息を吐く。
「さて、では入りますか……このまま降りればいいんですかね?」
真っ暗な穴の中は、どこまで続いているのか分からない。それにもしもこのまま飛び降りれば、そのまま下へと直通の様な気がしたヒヅキは、光球を出して穴の中にそれを入れる。
「梯子……というほどのものではないけれど、誰かが作った足場。これは、話に聞いたシラユリさんの知り合いの冒険者が拵えたのかな?」
穴を覗くと、確認出来る限り下へとまっすぐ伸びている穴の傍には壁があり、そこに足場となる杭の様なモノが打たれていた。
シラユリがヒヅキにこの遺跡を教えた際の話に出てきた、遺跡調査をしているという知り合いが、この穴の下へと降りる為に用意したのだろうと考えつつ、足場の位置を確認する。
ヒヅキはその一つに足を掛けると、安全を確かめてから、体重を乗せる。
そのまま足を更に下の杭に置き、穴の縁に片手を引っ掛けると、もう片方の手を伸ばして、先程安全を確認した杭を掴む。
そのまま穴の縁に引っ掛けていた手を離して杭を掴み、1歩ずつ慎重に確かめながら、ヒヅキは闇の中を降りていく。
「人間というのは大変ね」
そんなヒヅキの背中に、浮きながらゆっくり降りているウィンディーネが声を掛ける。
「人間がどうこうではなく、そんな風に飛べる方が珍しいんですがね」
ヒヅキは振り返ることなく、呆れたようにウィンディーネに言葉を返す。
「あら。昔は人間も空を飛んだのよ?」
「そうですか」
「本当の話よ」
「その時の人間には、羽でも生えていたんですか?」
「そういう時代もあったわね」
「それは凄いですね」
「あら。別に羽が無くても空を飛んでいた人間は居たのよ」
「そうですか」
「信じてないわね」
「信じられないというのもありますが、今は降りていくだけで精いっぱいなんですよ」
光球の明かりを頼りに、慎重に足場を確認しながら降りつつ、ヒヅキはウィンディーネにそう返した。
「あら。それこそ、ヒヅキならそこまで慎重になる必要はないと思うけれど?」
「暗くて深さが分かりませんからね。あまり高い所から落ちたら、流石に私でも死にますよ」
「うーん……まぁ、そういう事にしてもいいけれど」
少し考える仕草をしたウィンディーネは、不満げな声を出した。
「何かあるので?」
「その力は結構万能なのよ」
「万能?」
「でもまぁ、使わないならそれに越した事はないものね」
「どういう意味で?」
「別に深い意味は無いわよ」
「……そうですか」
「ええ」
ウィンディーネが頷くと、ヒヅキは無言で降りる事に集中する。
それからしばらくして、穴の底に到着した。
「結構深かったな」
ほぼ垂直だった壁から降りたヒヅキは、入ってきた穴を見上げて、そこから入ってくる針の先程の小さな光を目にする。
「……長い縄でも用意してくれば良かったな」
そんな今更ながらの感想を抱くも、背嚢の中には、そこまで長い縄は入っていなかった。
「まぁいいか」
顔を戻して周囲を見渡すも、黒一色に塗りつぶされていて、光球が無ければ真横に居るウィンディーネの顔すら満足に確認出来ない。
視界を確保するために、ヒヅキは光球を自分から離して周囲を照らすも、降りてきた壁以外は、どこまでも暗闇が続いているだけのようだ。
「広いな……」
それに困ったように頭をかくと、とりあえず壁伝いに移動してみる事にする。穢れの気配は別の方角からだが、まずは場所の把握をするのが先決だろう。
「右か左か」
壁を背にしたヒヅキは、左右に顔を向けて、どちらに進むべきか僅かに思案すると、右の方へと身体の向きを動かした。