竜神2
そのまま街道を進むこと数日。途中にある林道を抜けて更に進み、目的地であるソヴァルシオンの南に在るカムヒの森が見えてきていた。
街道はそのカムヒの森を迂回するように続いているが、ヒヅキは街道を外れて直接森を目指して進み、そのままカムヒの森へと入っていく。
森の中はしんとしていて虫の声さえ聞こえない。
ヒヅキは数歩森の中に入っただけで、突然温度が下がったかのように、ぶるりと身を震わせる。気温は元から低かったものの、それでも、震えるほどではなかったはずだ。
「何だか妙な空気ですね」
森の奥から感じる、肌の上に何かが這うようなぞわぞわとした気配に、ヒヅキはその震えが寒さの為ではない事に気がつく。
「これが私達から神性を奪う穢れよ。でも、まだそこまで進行していないみたいね」
ヒヅキの隣に姿を現したウィンディーネは、そう言いながら森の奥へと真剣なまなざしを向ける。
「では、この先に竜神の泉の主が?」
「多分ね。そして、まだ抑えられているようだから、解決したければ急ぐことね」
「そうですね」
ウィンディーネ達の様な神が堕ちると、周囲は死に絶えるという。それはつまり、カイル村も危ないという事でもあった。
ヒヅキは森の中を器用に駆けていく。ウィンディーネはそんなヒヅキに遅れる事なく、ゆったりと並走して移動する。
「それにしても、もう慣れたものね」
「?」
「私達以外で、これぐらいの穢れの気配を、あの距離から分かる者はそう居ないわよ」
「そうなんですか?」
「ええ。敏感な者でも、もっと近づかなければ無理ね」
「そうなんですね」
「ふふ。良い変化よ」
「……その竜神というのは、どんな存在なのですか?」
嫌な流れを感じたヒヅキは、気配を強く感じる方へと急行しながら、話題を変えようとウィンディーネに質問をする。
「そうね。私と同じで水を主に司っているけれど、他にも風も管轄内だったかしら? そんな覚えがあるわ。格も私と同じよ。まぁ、強さは私の方が上だけれど、今のヒヅキでは勝てないぐらいには強いわよ」
「……なるほど。では、もし敵対するような事になった場合は、逃げた方がいいですね」
「その場合は私も手を貸すわよ。同じ神なのだから。ある意味これは私の仕事でもあるものね」
「では、その時はお願いします」
「ええ、任せといて。それで前にも話した通り、ヘビみたいな見た目で、この辺りの守り神ね」
「守り神?」
「ええ。実りをよくしたり、水を綺麗にしたりと、色々やっていたみたいよ」
「では、今のままでは……」
「たとえ堕ちなくとも、この辺りの収穫量は減るわね。水も少なくなると思うわよ。堕ちたら、干ばつぐらいは確実にありそうね」
「そうなったら終わりですね」
現在は、ただでさえスキアによる被害で国力が低下している状況なうえに、南からの食料供給が止まり、更には南からの難民も増えたら、大変では済まないことだろう。
それに、カムヒの森近くにあるヒヅキが育った場所であるカイルの村も、その影響からは逃れられない。
「まぁ、あの子が堕ちた場合、多分この国だけではなく、近隣の国々も終わるかもしれないわね。それだけ力がある子だから」
「なるほど……それはつまり、竜神以上であるウィンディーネの場合ですと、もっと酷くなると」
「堕ちた場合も止められる者が居れば、被害はそこで終わるわよ」
「今回はウィンディーネが居るとして、ウィンディーネが堕ちた場合は?」
「ふふ。私よりも強い存在はちゃんと居るから安心なさい」
「それは安心していいんですかね?」
「いいと思うわよ。私が堕ちた場合の為にも」
「好意的だといいのですが」
「それは分からないわね。私はヒヅキが気に入っているから好意的なだけだもの。他は知らないわ」
「そうですか」
ヒヅキは頷くと、強くなってきた気配の方に顔を向ける。
「向こう側ですか。泉の方ではないのですね」
気配がする方角は、泉のある場所より少しずれた場所であったが、二人は迷わずそちらの方へと足の向きを変えた。