斜陽61
プリスに寝ると言ったはいいが、結局ヒヅキは眠ることが出来ずに、朝に閉じていた目を開ける。
それでも、目をつぶっていただけでいくらか疲労は取れたようで、少しだけ身体が軽くなったような気がしていた。
「おはようございます。ヒヅキさん」
ヒヅキが目を覚ました事に直ぐに気がついたプリスが、ヒヅキの腕の方から挨拶してくる。
「おはようございます……ずっとそうしていたので?」
ヒヅキの肩辺りに頭を置いたまま、ヒヅキの方を見上げているプリスの姿は、昨夜ヒヅキが目をつぶる前と同じ様に思え、まさかと思いつつもヒヅキは問い掛けた。
「はい。勿論で御座います」
その考えを肯定したプリスに、ヒヅキは何が勿論なのだろうかと思ったものの、深くは問わないことにした。
「まだ殿下は眠っておられるのですね」
視線を反対側に向けたヒヅキは、自分に抱き着いたまま安らかな寝息を立てているエインを眺めながら、そう口にする。
「はい。そんなにしっかりと御休みになられているエイン様を拝見するのは久しぶりなので、出来ましたら今少しそのままにしておいて欲しいのですが」
「それは構いませんが……」
プリスの頼みに頷いたヒヅキは、窓の方へと目を向ける。布で遮られていて分かり難いが、布の隙間から漏れている太陽の明るさから察するに、まだ空が白みだして間もないぐらいかと予測を立てた。
それでヒヅキの考えを察したプリスは、その答えを口にする。
「まだ問題ある時刻では御座いません。それに、エイン様は前日多めに執務を行われていましたので、急用でもない限りは問題ありません」
「そうなんですか」
「はい。と言いますよりも、元々エイン様は数日先まで仕事を終わらせておりますので、急用が入らない限りは焦る必要はないのです」
「なるほど。それは寝る時間もないのでは?」
「はい。ですが、それはおそらく意図的ではないかと」
「意図的ですか?」
「エイン様は、こうしてヒヅキさんと共に寝られる時以外は、あまり深くは御休みになれないようでして」
「……なるほど」
その理由を知っているヒヅキは、恐怖はまだ治らないのかとエインの方に目を向ける。
「ですので、その分仕事をなさり、結果として大分先の分まで済んでいる状態なのです」
「急ぎでなくとも、その量は多いでしょうに」
「はい。現在のガーデンの状態は未だに慌ただしく、ガーデンに限定して申しますれば、カーディニア王が御座した頃よりも倍以上は仕事量があるかもしれません。それに加えて、現在はカーディニア王国全土の復興もありますので、普通でしたら先の分まで終わらせるどころか、その日の分でさえ苦労されることでしょう」
「そうでしたか」
プリスの説明に、ヒヅキは大きく頷く。結果的に、それはエインにとってはよかったのかもしれない。仕事で忙殺されている間は、あの日の事はそうそう思い出さないのだろうから。
「なので、時間には余裕があります。ですから、今はそのままにしておいてほしいのです」
「分かりました」
改めてのプリスの要請に、ヒヅキは頷いた。それを確認したプリスは、安堵した様な笑みを僅かに浮かべる。
「感謝致します。それでは、私はそろそろ起きますが、後の事は宜しく御願い致します」
そう言い残すと、どこか名残惜しそうにしながらも、プリスはヒヅキから離れベッドから降りる。
「それでは、失礼致します」
立ち上がり服装を簡単に直すと、プリスは寝ているエインとヒヅキにお辞儀をして、物音を発てずに部屋から出ていった。
プリスが部屋を出ていったことでエインと二人きりになったヒヅキは、未だに眠っているエインの方へと顔を動かす。
(あれからそこそこ経つが、死の恐怖というものは、そうそう拭えるものでもないか)
そう思いつつエインの寝顔を眺めていると、ヒヅキは自分ももう少し寝てみようかなと思い、改めて目を閉じることにした。