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斜陽60

 自分の力について考えてみても、情報が足りないうえに現状の情報だけではろくな状況ではない事しか分からないので、ヒヅキは一度思考を終えて視線を自分の身体の方に下ろす。

 そこには、安らかな表情で眠っているエインの姿があった。いつの間にか、頭の位置が肩の部分から胸元の方へと移動している。そのまま反対側へと目を動かすと。

「…………どうされました?」

 肩の辺りからヒヅキの方をジッと見上げているプリスの姿に、ヒヅキは少しだけ驚きつつ問い掛ける。

「何か深刻そうな御顔をしていらしたので、どうかされたのかと思いまして」

「少し考え事をしていましたが、お気になさらずに」

「そうで御座いますか」

 しかし、プリスは見上げた状態のまま、顔の位置を動かそうとしない。

「まだ何かありましたか?」

「いえ、ただ見ているだけですが、御不快でしたか?」

 僅かに不安そうなプリスに、ヒヅキは小さく首を振る。

「そんな事はありませんよ」

 ヒヅキの言葉に、プリスは緊張を和らげたように柔らかな表情になった。

「…………」

「? どうかされましたか?」

 不思議そうにするプリスを眺めながら、ヒヅキは口を開く。

「……何といいますか、表情が豊かになりましたね」

 実際はよく見ればわかる程度で豊かというほどではないが、それでも以前のプリスを知っているだけに、ヒヅキにはその表情の変化が大きく映った。

「そうで御座いますか?」

「はい。そう見えます」

「そうで御座いますか」

 プリスは微かに笑みを浮かべる。それは嬉しそうな笑みに見えた。

「これも全てヒヅキさんのおかげで御座います」

「私は別に何もしていませんが?」

「私の前に現れてくださいました」

「?」

「私はヒヅキさんの事を心より愛しております。その気持ちのおかげで、少し素直に表情が出せるようになれたのだと思います」

 幸せそうに微笑むプリスに、ヒヅキはどう反応すればいいのか困ったような顔を浮かべる。

(サファイアさんに殿下、それにプリスさんか。俺にどうしろというのか)

 妻を複数娶る者は珍しくはないが、それはある程度の地位か財力を有する裕福な者ばかりで、一般庶民は一人娶るので精一杯であった。

 というのも、生きていくうえでは色々と必要になってくるが、一人で生きていくだけでも大変だというのに、二人になるとそれはより難しくなる。なので、それらを用意出来るだけの力を有する者だけが、相応の数の妻を娶ることが出来るようになるというのは、当たり前の話であろう。

 そして、ヒヅキは一般庶民だ。畑を耕し、それを食す。年貢として納めたりした後の余剰分は売り、生計を立てていた農家の家で育った。育ての親も生みの親も父一人母一人と、一般的な庶民の家と同じである。

 そういう訳で、複数も妻を持つなど考えてもいなかった。それ以前に誰かと一緒になるなど、もう大きな子どもが居てもおかしくない年齢になった今でも考えられない。

(生物としてどうなのか)

 別に不能という訳ではなかったが、そういう感情が全くない事に、ヒヅキはふとそんな事を思った。

(まぁいいか)

 しかし、そんな事は直ぐにどうでもよくなり、それよりも今はどう反応を返すべきかという事に思考が変わる。

「……だとしたらよかった、のでしょうか?」

 プリスの稼業というか、役割を考えた場合、感情が表に出るというのは、必ずしもいい事とは限らないだろう。

「はい。私はエイン様の使用人ですので、笑えた方が何かと都合がいい事もあるのです。特に、直に旅に出るのですから、交流を円滑に行う為にも、笑顔は必要だと思いますが?」

「……まぁ、そうですね」

 ヒヅキはそれに同意の頷きを返した。

「そろそろ寝なくても大丈夫ですか?」

 大分夜も更けているので、ヒヅキはプリスに問い掛ける。

「問題ありません。もう少しこうして貴方を見ていたいので」

「……そうですか。では、私は先に寝かせて頂きます」

「はい」

 優しげに微笑んだプリスを見た後に、ヒヅキは目を閉じた。

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