斜陽59
「さて、寝るとしようか」
ヒヅキを部屋に連れてきたエインは、逃がさないとばかりに腕をつかんだまま、ヒヅキに声を掛ける。
「では、私は隣の部屋に居りますので、何かあれば御呼びください」
扉を開けたまま、部屋に一歩入ったところで立ち止まっていたプリスは、そう言って部屋を出ていこうとするが。
「ん? 何を言っている? 勿論お前も一緒だぞ」
「……よろしいのですか?」
「当然だろう? 片づけを済ませたら共に旅に出る仲間なのだから」
二人はヒヅキそっちのけで話を進めると、プリスは感謝するようにエインに軽く頭を下げて、扉を閉めた。
「さ、そういう訳で、また両手に花だな?」
「……果報者です」
何処か諦めたような儚い微笑みでヒヅキが頷くと、エインはそのまま手を引いてヒヅキと一緒にベッドに入る。その後にプリスも続く。
元々客人用だからかベッドは広く、三人で寝ても少し余裕がある。
ヒヅキを真ん中に三人はベッドで横になると、エインはヒヅキの腕の中に入り肩を枕にすると、半身に覆いかぶさるように抱き着く。
反対側では、プリスがヒヅキの腕をつかみ、沿うように密着していた。
「…………」
そんな状況でも、ヒヅキは天井を眺めながら、今までの事を頭の中で振り返る。
ヒヅキにも美醜は判る。その感覚でいえば、エインやプリスは美しいと思っていた。それに好悪だって理解出来た。それに従ってエインとプリスを判断するのであれば、好ましいに分類されるだろう。しかし、それは恋愛感情とは違う。というより、ヒヅキは恋愛感情というモノが解らない。それがおかしいのではないかと考えた時期もあったが、今ではもう気にしていない。それ以上に、自分というモノが本当に僅かながらも、少しずつ削られていく感覚に苛まれている方が問題であった。
(やはり、最近この力に頼り過ぎたせいか……?)
他に可能性が無い以上それは疑いようが無かったが、だからといって力を使わないという選択肢は、残念ながら存在していなかった。
(旅に出る前までは、身体強化以外の魔法なんて使えなかったし、それさえ生きていく上ではほとんど必要なかった。なのに、この力を得てからは、使わなければならない状況が多すぎるような気がするな)
自らの意思に沿って行動しているようで、誰かの思惑通りに行動させられている様な気味の悪さを感じ、ヒヅキは密かに奥歯を噛む。
(もしもそうだとしたら、誰の思惑だ?)
思考を巡らすが、力が力なだけに、候補は限られてくる。
(ウィンディーネは……多分違うな。何か企んでいそうだし、この力について何か知っていそうだったが、そういう感じではない)
では何か。そう考えるも、答えは一つしかない。
(神、ね。この力と何かしらの関係があるらしいが、一体どんな存在で、何が目的なのか……)
ヒヅキは考えるも、目的に関してはウィンディーネの話に出てきていた。
(ただの気まぐれだとでも言うのか? 目的無く誰かの生涯を狂わせ、終わらせる神か)
それは遺跡で嫌というほどみせられたが、それがどんな神なのかは詳しくは分からない。それでも、ヒヅキには思い当たる節があった。
(あの夢の声、か?)
ソヴァルシオンの宿屋で見た夢に出てきた声は、退屈だと傲慢な感じでヒヅキに告げてきた。それはウィンディーネの話や、遺跡で知った事などから考えられる人物像に一致しているようにヒヅキには思えたが、残念ながら確証は無い。
(だとしたら退屈しのぎなのか……それはウィンディーネと同じで対処のしようがないな。それに、もしも退屈にさせたら壊されるだけか……)
とても面倒な事態を再認識させられて、ヒヅキはため息を吐きそうになるのをグッと堪えた。