斜陽56
それから全員が食事を終えると、プリスは直ぐに片づけを始める。
使った食器を全て回収すると、プリスは食堂を出ていった。
「ああ、そういえば」
プリスが部屋を出た後、エインはヒヅキの方に身体の向きを変える。
「君はいつここを発つんだい?」
「今すぐか、遅くとも朝には」
「そうか。とりあえず今夜はここに泊まっていくといい。まぁそれはそれとして、出立は少し待ってくれないか?」
「何故ですか?」
エインの突然の提案に、ヒヅキは訝しげな目を向ける。
「君が賊を討伐してくれたおかげで、ガーデンは平和になった。それで、ソヴァルシオンに身を寄せている陛下へと、事の顛末を記した親書を送っておいたのだが、それで廃嫡を願い出ておいた。おそらく今回は断れまいから、その返事が届いたら君と一緒に旅に出ようと思うのだ。だから、出立は少し待ってはくれないか?」
「…………」
エインの話を聞いたヒヅキは、考えるような間を置く。
「……無理ですね」
「何故だ!?」
「まずはじめに、たとえ廃嫡が認められようと、そんなに直ぐに廃嫡されるものなのですか? 現状ではエインが居なくなれば、国王はガーデンの統治には苦慮することでしょう」
現在のガーデンの民は、王家への不満が溜まっている。それはガーデンを切り捨てた王妃と第二王子のせいではあるが、そんな事は庶民には関係ない。
翻ってその不満は、最後までガーデンに残り、スキアを撃退までしたエインへの支持に繋がっている。それも熱狂的なものだ。
そんな状態でエインが出ていった場合、事実はどうあれ、庶民は国王に追放されたと思うだろうし、よしんばそう思われなかったとしても、支持を失っている国王ではガーデンの統治は難しい。少なくとも、信頼を取り戻すにはかなりの時間を要するだろう。
「それはそうだが、今まで散々王位継承の返上を断られたんだ、その結果がこれなのだから、もう知らんさ」
「……はぁ。それで一番困るのは、国王よりも民ですよ?」
「うっ」
「エインでしたら分かっているのでしょう?」
「む、むむ、それはそうなのだが、しかし今でなくては」
「去るなら去るで礼儀もあるでしょう」
「それだとどれだけ掛かるか……数ヵ月では終わらんではないか!」
拗ねたように睨み付けてくるエインに、ヒヅキは優しく微笑み返す。
「私はこれからエルフの国へ行きます。用事は直ぐに終わるでしょうが、折角なので観光ぐらいはするかもしれません」
「むぅ」
「それが終われば一度ガーデンに戻ってきますが、往復するだけでもそれなりに時間が掛かるでしょう」
「…………むむ」
「それに、エインに貰った通行証は、エインが王家を出ても有効でしょうが、確実かは分かりませんし」
「……それは有効さ。私個人ではなく、陛下の御名において発行された通行手形だからな」
「では、ますます国王陛下の治世が長く続いて欲しいものですが」
「……むぅ。分かったよ。ちゃんと身辺整理ぐらいはするさ。その代り、戻ってきたら今度こそ一緒に連れていってもらうからな!」
「……そうですね、その時次第ですね」
考えるような仕草でのヒヅキの言葉に、エインは不機嫌と怒りの混ざった目を向けるが、それを受けてヒヅキは困ったように笑う。
「現状、私の身辺は色々と面倒な事になっていまして」
ウィンディーネの姿を思い浮かべたヒヅキは、ため息を吐く。
「面倒な事?」
本当に困ったようなヒヅキの様子に怒りを引っ込め、代わりに怪訝な顔をしたエインを眺めながら、ヒヅキはどう説明するべきかと思考を巡らす。
「何と説明すればいいものか……」
魅了を持つ神という存在がつくづく面倒くさいものだと痛感しつつ、ヒヅキは口を開く。
「実は、現在私は神様と旅をしていまして」
そのヒヅキの言葉に、エインは困ったような目を向ける。その中に少量だが憐れむような色があったのは、致し方ない事だろう。おそらく、ヒヅキも逆の立場であればそう思うのだから。これを直ぐに受け入れられるのは、余程素直な者ぐらいであろう。




