斜陽53
「あら、お久し振りですね」
ヒヅキが図書館の中に入ると、ヒヅキの姿を認めた赤髪の受付の女性がそう言って迎えてくれる。
「お久しぶりです」
「あの日以来姿を目にしないので、どうされたのかと思いました」
「少しガーデンを離れていたもので」
「そうでしたか」
「はい。まぁ、また直ぐに離れることになるのですが」
「あら、そうなんですか。それは残念です」
少し寂しげな表情を浮かべた女性であったが、直ぐに親しげな笑みに変えた。
「それで、本日はどのような御用件でしょうか?」
「この辺りの風土記の様なモノは在りますか? 昔の風習などを知りたいのですが」
「それでしたら」
女性はいつもの様に案内図を机の下から取り出すと、それを使って場所を案内する。
「この辺りにご要望の資料があると思います」
「そうですか、ありがとうございます」
ヒヅキは女性に礼を言うと、教えてもらった区画へと移動していく。
目的の区画に到着すると、大量に収められている資料に目を向ける。流石に足元の歴史だからか、今まで見てきた中で一番資料の数が多かった。
「…………」
時間も無いので、本棚に納められている資料を端から手に取り、目的である遺跡で見たモノに関連しそうな資料を探していく。
「……無い?」
時間が無い為に丁寧に調べた訳ではないが、それでも、関係ありそうな資料は何処にも見当たらなかった。
ガーデン付近の歴史に絞ってみても、ガーデン周辺で生贄の風習の様なモノはなく、大きな災害というものにも、昔からほとんど縁の無い土地柄の様であった。
それに、昔から信仰されてきた神の中で水を司るのは、ウィンディーネではなく、南の森に在る竜神の泉に住まうとされている竜神であるようで、それはウィンディーネとは別に存在している事を、他でもないウィンディーネ自身の口から聞いていたヒヅキは、困ったように本棚に目を向ける。
「他に調べていない場所は……」
そう思い資料を確認していくも、主だった部分は粗方調べていた。全ての本を調べた訳ではないが、資料が何処かに紛れてでもいない限りは、おそらくここには目的の資料は存在しないのだろう。
「はぁ」
もう日暮れ間近であった為に、ヒヅキは諦めて図書館を後にする。
「……やはり今の世界ではない、ということか」
ヒヅキは足をプリスの屋敷の方向へと向けながら、何処かに資料か情報でもないか考える。しかし、違う世界の事など、何処に行けば分かるというのか。
(可能性、というか知っているのはウィンディーネだろうが……)
それは何とも現実味の無い可能性であった。ウィンディーネが大人しく話してくれるとは到底思えない。
(……シラユリさんに教えてもらった新しい遺跡とやらか、エルフの国にでも何かしらあればいいが)
日が暮れてしまい、周囲が暗くなっていく中、ヒヅキはのんびりとプリスの屋敷を目指す。
夜にエインが来ると言っても、日が暮れて直ぐ来る訳ではない。おそらく就寝前ぐらいだろうと考え、ヒヅキは最後まで急ぐことなくプリスの屋敷に帰ってきた。
「おかえりなさいませ。ヒヅキさん」
ヒヅキが玄関扉を軽く叩くと、直ぐにプリスが出てきて、そう言って迎えてくれる。
「遅かったですが、夕食はいかがいたしますか?」
プリスのその問いに、ヒヅキは頂く事を告げる。
「御湯の用意は出来ていますが、先に入られますか?」
それに少し考えたヒヅキは、先に身体を流すことにした。それをプリスに伝えると、プリスが湯殿まで案内してくれた。
「では、夕食の支度をして御待ちしております」
「ありがとうございます」
プリスと脱衣所の前で別れると、ヒヅキは中に入り背嚢を降ろし、中から着替えを取り出して、着替えや脱いだ服などを置くために設けられた棚に置く。
それから服を脱ぐと、浴室に入り身体を洗い流した。
湯に浸かるというのは旅の途中だけではなく、一般庶民でも中々に難しい贅沢であった。水の確保もだが、それを沸かすだけの火を熾すというのも、行使できても簡単な魔法しか使えない庶民では難しい。
しかし、ガーデンでは水が豊富というのもあるが、どうやら昔に何処かで湧き出た温度の高い水を利用しているらしい。その源泉の在り処は機密事項らしく、ヒヅキは知らなかった。
とはいえ、それを利用できるのは一部の住民だけらしいので、これも特権と言える権利のようだが。