斜陽51
ヒヅキは捉えている気配を辿り、移動を開始する。
現在はまだ早朝ではあるが、開店している店は多い。それはつまり、ガーデンという街の朝は既に訪れているという事を示している。
捉えている気配達も同様に起きているようで、一ヵ所に集まっていた。確実に昨夜始末した冒険者の件での集まりだろう。
気配を消しつつ、ヒヅキはそこに近づいていく。
昨夜標的にしたのは、シラユリとサファイアが出ていった後も室内に残っていた冒険者だけなので、プリスを裏切ってヒヅキの情報を売った女性と関わっていた冒険者全てではない。それは見せしめという部分もあるが、単に情報不足でもあったためだ。
(シラユリさんから聞いておけばよかったか? それとも、面倒だから全員を狙うとか……それこそ面倒か)
道中でそんな事を思案しつつ移動したヒヅキは、冒険者達が集っている宿屋の近くに到着する。
(あそこからならば、室内の様子が確認出来るか?)
その宿屋の向かいに在る家の屋根に登ったヒヅキは、そこから気配の集まっている部屋へと目を向けるが。
(布で遮られているのか。丁度朝日でも入ってきてたか? それとも警戒しているのか)
覗くのを諦めて屋根から降りたヒヅキは、気配を消したまま、宿屋に出入りする人に合わせて中へ入っていく。
(確か3階だったか)
階段を上ったヒヅキは、目的の部屋の前に到着すると、鍵がかかっているのを確認して、扉に耳を当てる。
(流石に聞き取り辛いな)
どうしたものかと考え、背嚢を前に持ってきて中を漁る。
(さて、何か使えそうなものは……)
ヒヅキは背嚢の中を探るも、特に役立ちそうなものは何も見つからない。
(しょうがないか)
背嚢を背負い直すと、ヒヅキは諦めて扉に耳を当て直す。
扉越しに酷く不鮮明な声が僅かに聞こえてくるが、言葉としては何も拾えない。
それで扉越しに話を聞くのを断念したヒヅキは、宿屋を出た。
(図書館に行くとするか)
そう思い、最後に振り返って冒険者達が集まっている部屋を見上げると、そこで開いた窓が目に入る。
(……警戒して、という訳ではなかったのか?)
先程と違い開いている窓に、ヒヅキがそう考えていると、部屋の中から誰かが顔を出した。
(……シラユリさん?)
顔を出したのは幼い見た目の女性で、窓から顔を出した後、何かを探すように首を巡らす。
(…………まさか、俺を探しているのか?)
そんなはずはないと思いつつも、ヒヅキは気配を消したままで向かいの家の屋根に登ると、その様子を観察する。
シラユリは窓の外の様子を一通り確認すると、残念そうに首を傾げ、名前でも呼ばれたのか室内に顔を向けた。
そのまま室内に引っ込んだシラユリではあったが、窓は開けっぱなしのままであった。しかし、それで室内の話し声が聞こえてくる。という距離ではない。
ヒヅキは昨日と同じく、室内から見える範囲で読話を試みる事にした。
『何をしていたのですか?』
室内に戻ったシラユリへと、他の冒険者が問い掛けるが、シラユリは窓に背を向けているので、何と答えているのかは判らない。
『知り合いですか? ここら辺に住んでいる方で?』
しかし、その冒険者の返答で、何となく何を話しているのかは理解出来た。
『それなら、この時間にここを通られるのですか?』
シラユリは知り合いを探して窓を開けたらしいが、それはやはりヒヅキの事かもしれない。
『では、そんな都合よくそこの通りを通っていたりはしないでしょう。それよりも、今は今後についてです。既に何者かに仲間が何人も殺されてしまったのですから、早急に対策を考えなくては』
予想通り、冒険者達が部屋に集まったのは、昨夜の件の為であった。
『先程から仰っている、その要らないという根拠は何ですか?』
そんな中、シラユリはヒヅキの犯行だと知っているので、これで終わりだという事も理解していた。しかし、周囲はそんな事情など知らないので、その理由について尋ねる。
『何となくと言われましても……』
それでも、シラユリは正直には答えない。というよりも、ここでシラユリが正直に答えた場合、シラユリを含む室内に集まっている冒険者全員が、昨夜標的になった冒険者達と同じ運命をたどる事になるだろう。
『次は我々かもしれないのですよ!?』
そんな事情も知らない冒険者達は、必死になって訴えかける。顔色が悪い者が多いのは、恐怖しているからだろう。
『冒険者ですら暗殺出来るような者など限られているのでしょうが、短時間にこれだけ広範囲で犯行に及ぶとなると、相手も集団の可能性があります。それも全員が腕利きの』
一人の冒険者の発言に、窓の外から確認出来るほとんどの者が顔を強張らせた。
『やはり何か対策をたてた方がいいでしょう』
ヒヅキはその様子を眺めながら、想定の範囲内の反応とはいえ、少し面白そうな流れになってきているなと思いつつ、観察を続ける。