気配
ガザンの元へと移動したルルラに、ガザンが少し呆れたような表情を見せる。
「彼をからかって遊んでいたのか?」
重々しくも優しいガザンの声音に、ルルラは他には見せない嬉しそうな笑みを向ける。
「からかっていた訳じゃないわよ。ただのちょっとした確認よ」
にこやかにそう答えたルルラに、やはりどこか呆れたように、ガザンは「そうか」とだけ返した。
そうやって二人がいちゃついていると、ルルラの横にそっとルリが並ぶ。
「どうだった?」
突然のルリのその問いに、ルルラは小首を傾げる。
その反応に言葉が足りなかったことを察したルリは、一言つけ足す。
「彼の印象」
それでやっとルリが何を言いたいのか理解したルルラは、「ああ」という声を出すと、頬に指を添えて先ほどの会話を思い出しながら言葉を紡ぐ。
「ん~そうね、悪人ということはないと思うのだけれど……ただ、どこか掴みにくい人といった印象かしら」
ルルラの答えに、ルリは「そう」とだけ言って離れようとする。
「ルリちゃん、ちょっと待って」
ルルラは慌ててそんなルリを引き留める。
ルルラはルリとの付き合いは特段長いという訳ではないが、かといって別段短いということもなかった。そんなルルラが見てきた中で、今まで彼女が誰かをここまで気にかけていたことは、残念ながらと言うべきか全く思い当たらなかった。それだけに、ルルラはルリに自然とそれを問いかけていた。
「ルリちゃんはどうしてそこまで彼を気にかけるの?」
そこに恋愛感情が無いことは分かるのだが、それの正体が何なのかまでは明確に言葉に出来なかった。強いていうなら警戒だろうか?しかし、話した感じでは、彼から悪意のようなものは感じられなかった。
「よく分からないから」
「え?」
「あの人の本質を知ろうとすると、霞みのようぼやけて上手く掴めなくなる」
「どういうこと?」
魔法を得意とするルリは、魔力の扱いだけで言えば所属するギルドでも1、2を争うほどであった。
聞いた話ではあるが、その魔力を扱う技術というものは相手の本質を見極める力にもなるらしく、魔力の扱いに長けているルリのその言葉は、簡単に流せるものではなかった。
「彼の中に少なくとももう一人の彼が居る」
ルリは言葉数が多い方ではなく、むしろ無口だ。それでいて端的に告げるので、理解するには聞き手の理解力が試される。
(これはサーラちゃんの方が得意なんだけどね)
一瞬、先頭でリイドと何事か話をしているサーラの方に視線を向けると、ルルラはルリに質問する。分からないなら本人に訊けばいいのだ。幸い言葉不足なのは本人も自覚しているのか、それでルリが不機嫌になるということはない。
「もう一人の彼というのはどういう意味かしら?」
ルルラの問いに、ルリはじっとルルラの目を見ながら何かを考える素振りをする。
「……彼からは本来の彼自身の魔力以外の魔力を感じた。だから彼の中に誰かが居ると考えた。それが誰かまでは分からない」
「なるほど」
ルリの言葉にルルラは頷く。
「彼自身の魔力は、この世界の一般的な人間より僅かに優れているぐらいのもの。だけど、彼の中から感じる別の魔力は違う、正直言ってあれは別格。化けものと呼んでもいいほどに」
「そんなに!でも、確か彼は魔法が使えなかったはずよ?」
「それは彼自身が、という意味。多分まだあの莫大な魔力を上手く扱えないんだと思う」
「そうなの」
「多分………おそらく、そうだと思う。ただ、もし彼が内に秘めた力の一部だけでも扱えたなら、技術なんてなくてもただそれだけですぐに強者の仲間入り」
ルリの言葉に驚愕したルルラは、我知らず喉を鳴らした。
「だから気になった。彼が、ではなく、彼の中の力が」
そこまで言うと、ルリはじっとルルラを見つめる。そして理解してもらえたと判断すると、ルリはその場を離れた。
その後ろ姿を見ていたルルラは、視線を動かしヒヅキの方へ目を向ける。
「彼の中の力、ね………彼は一体何者なのかしら?」
ルルラにそう問い掛けられたガザンは、分からないという意味をこめて肩をすくめたのだった。