斜陽49
「ん~~っ、ふぅ。久しぶりにこの姿になったわ」
実体を得て人の姿になったウィンディーネは、余程窮屈だったのか、思いきり伸びをする。
そんなウィンディーネを放って、ヒヅキは背嚢を足元に置くと、身体を軽く払ってベッドの端に腰掛けた。
「ふぅ。時間もあることだし、少し寝てみようかな。何だか急に疲れが出てきた気がする」
「あら、なら私も一緒に寝るわ」
ヒヅキの横に腰掛けたウィンディーネが、楽しそうに笑いかける。
「ウィンディーネは睡眠が不要でしょう?」
「ええ。でも、添い寝ぐらいは出来るわよ」
「不要です」
「あら、相変わらずつれないのね」
残念そうどころか、変わらず楽しそうなウィンディーネに、ヒヅキはため息をつく。
「でも、ヒヅキが寝ている間、私は暇になるのだけれど? それはどうするのかしら?」
「どう、と言われましても」
「暇すぎて何処かにお邪魔するかもしれないわよ?」
「そうして困るのは、ウィンディーネでしょう?」
「ふふ、そうね。だけれど、扇動してヒヅキを襲わせちゃうかもしれないわよ?」
「それで私がどうにかなると?」
「……まぁ、無理ね。ヒヅキは強すぎるもの」
「……強すぎる、ですか」
「ええ。現在の貴方の強さは、私達に準じるものよ。それでもまだ歴然とした差があるけれど、それ以外の中でなら、かなりのものよ」
「…………」
それにヒヅキは微妙な表情を浮かべる。
「ふふ。そんなヒヅキも好きだけれど、でも、それは思い違いというものよ」
「思い違い?」
ウィンディーネの言葉に、ヒヅキはどういう意味かと首を傾げた。
「ええ。どうせ、その力は借り物だ。とでも考えているのでしょう?」
「……よくお分かりで」
「ヒヅキの事ですもの。当然じゃない」
「…………」
「ま、確かにその通りよ。それは借り物の力。でもね、それを扱えているのは貴方の力なのよ?」
「……どういう意味でしょうか?」
「ヒヅキが扱っている力っていうのはね、もの凄く扱いづらい魔法なのよ」
「まぁ、確かに魔力の消費量は多いですが」
「そう。本来それは、人の身で扱えるような魔法ではないのよ。それをあれだけ使えているのですから、ヒヅキの魔力を扱う技量だけは、私達並なのよ。もしかしたら、その分野においては私達ですら超えているかもしれないわね」
「…………」
「ふふ。これで理解したかしら? 貴方のそれは借り物でも、それを扱える技量は貴方のもの。道具なんて、使ってこそ意味があるんですもの」
「そう、ですね」
「まぁ、直ぐに納得しろとは言わないわよ。だけれど、私は十分にヒヅキは相応しいと思っているわよ」
「相応しい、ですか?」
不思議そうにするヒヅキに、ウィンディーネはニコリと微笑む。
「さ、寝ましょうか!」
「え! ちょ!?」
ウィンディーネはヒヅキに抱き着くと、そのままベッドに押し倒す。
「……これでは寝にくいのですが」
二人はベッドに対して横向きに寝そべっているうえに、先程まで縁に座っていたので、ヒヅキは上半身しかベッドに載っていない。
ヒヅキの訴えにウィンディーネは一度離れると、ヒヅキは諦めながら体勢を変えて寝直す。そんなヒヅキに、ウィンディーネが添い寝する。
「ふふ。それにしても、私にこうして触れられても魅了されない人間なんて、初めてで楽しいわね」
「そうなのですか?」
「ええ。効きには個人差があって、効き目が薄い人間は居たけれど、全く効果がない人間は居なかったから」
「なるほど」
先程のプリス達の様子を思い出したヒヅキは、苦笑するような角度に口角を持ち上げる。
「通常、私が直接触れても魅了に効果がない相手は、私よりも上の存在だけなのよ。触れないのであれば、対等以上では魅了されないものだけれど……それでも魅了された者は居たわね」
ウィンディーネは困ったような声を出す。
「まぁいいわ。それより寝なくていいの?」
「……ええ。おやすみなさい」
「おやすみ。心配しなくとも、誰か来たらまた姿は隠しておくわよ」
「お願いします」
そう言うと、ヒヅキは眠りについた。
「…………」
ウィンディーネは、眠っているヒヅキの顔へと静かに目を向けると、その頬へとそっと手を添える。
「……やはり、ヒヅキの生命力は美味ね。しかし、これだけ長く一緒に居て、尚且つこうして触れているというのに、貴方は全く魅了されない。それは何なのかしらね? 私の予想通りであればいいけれど。ふふ。それにしても、本当に貴方は退屈しないわね。殺してしまうのが惜しいと思えるぐらいには……ふふふふふ」
ヒヅキへと目を向けながらそう呟くと、ウィンディーネは怪しい笑みを浮かべた。しかし、それを直ぐに引っ込めると、真剣な表情でヒヅキを見下ろす。
「だけれど、その力にはあまり頼らない方がいい。貴方が貴方のままでいたいなら……私は本当にヒヅキが気に入っているのだから、私に貴方を殺させないでほしいものね。それに、それが私の予想通りだったとしても、貴方がヒヅキでなくなっては意味が無いのだから……そちらに頼り過ぎず、あちらに屈せず、貴方は貴方のままでいてね。でなければ、私が楽しめなくなってしまうのだから」
そう言ったウィンディーネの顔は、今までヒヅキに見せてきたモノとは違う、悪意の籠ったような薄く笑う顔であった。