斜陽48
「それを飲みなさい」
「はい」
突然の声に促されるままに、あれだけ頑なに飲むのを拒んでいた女性は、その一言であっさりとヒヅキから容器を受け取り、それを一気に飲み干した。
「い、今の魅力的な美声は何方の御声ですか!?」
他の二人どころか、プリスまでもがキョロキョロと周囲を見回しながら、そんな事を口にする。ただ、プリスの場合、半分以上は驚きが占めている気がした。
(魅了、ね)
声だけでヒヅキ以外の四人を魅了してしまったウィンディーネに、ヒヅキは警戒心を高めていく。
(相変わらず、油断が出来ない相手だことで)
四人の中で最も症状の軽いプリスでさえ、おそらくウィンディーネに声を掛けられれば、あの水を迷うことなく口に含んだであろう。
声の主を探して視線を彷徨わせている三人に呆れつつも、ヒヅキは目の前の女性を観察する。
「あ、あぁ」
女性は水を飲んでしまい絶望を感じた故か、魅了がほぼ解けているようで、頭を抱えると、死への恐怖にガタガタと身を震わせながら、墓の中からでも聞こえてきそうな声を短く出している。
そのまましばらくの間そうしていると、プリス達三人の魅了も解けたようで、目を覚ましたかのように、そこに居る人物達の姿を確認していく。
「先程の感じは一体なんだったのでしょうか……?」
プリスの問いに、ヒヅキはどう答えたものかと思案するも、良い答えが浮かんできてはくれなかった。
「……お気になさらずに」
「はぁ。しかし……」
困惑したようにプリスが少し間を空けた瞬間を狙いすましたかのように、女性は机へと上半身を倒した。
「!」
驚きに目を向けた三人の前で、ヒヅキは女性の鼓動が止まったのを確認すると、
「片づけを頼めますか?」
「はい。勿論です」
ヒヅキの確認の問いに、プリスは即座に応答する。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。それでは、私は戻りますので」
「御待ちください」
そう言って立ち去ろうとするヒヅキを、プリスは止める。
「エイン様に御会いになっていって下さいませんか?」
「……分かりました」
少し考えたヒヅキだったが、元々挨拶ぐらいはしていく予定だったので、それを承諾する。
「それでは、部屋を御用意いたしますので、どうぞこちらへ」
ヒヅキを先導しようとしたプリスは動き出す前に、室内にいる二人の部下へと命令を下す。
「それは処理しておきなさい」
「「はい!」」
頭を下げた二人を確認すると、プリスはヒヅキを先導して部屋を出ていく。
「遺跡の方はどうでしたか?」
部屋を出て通路を進む途中、プリスは顔だけで振り返り、ヒヅキに話を振る。
「はい。とても勉強になりました。教えていただきありがとうございます」
「それはよかったです」
僅かに微笑むと、プリスは前を向く。
それから少し歩くと、前に泊まった部屋へと通される。
「しばらくこちらで御寛ぎ下さい。これからエイン様に連絡をいたしますので、御案内出来るのは昼頃になるかと思います……いえ、おそらくエイン様がいらっしゃる事になると思いますので、夜になるかもしれませんが、宜しいでしょうか?」
「……分かりました。決まったら教えてください」
「ありがとうございます」
頭を下げたプリスは、部屋を出ていく。
エルフの国の前にもう一つ遺跡に寄る用事が出来たので、正直ヒヅキは早くガーデンを離れたかったのだが、王宮に上がるのは勘弁願いたかったヒヅキは、大人しく夜まで待つ事にしたのだった。
(……近くには誰も居ないな)
「ウィンディーネ」
「何かしら?」
「先程は助かりましたが、騒ぎになるので気をつけてください」
「あら、大丈夫よ。ちゃんと問題なさそうだったから声を掛けたのだし」
「……そうですか」
「それよりも」
「?」
「ここにはヒヅキしか居ないのだから、しばらく実体化してもいいかしら? この状態も大変なのよ?」
「……はぁ。分かりました。では、誰か来たら戻ってくださいね?」
「勿論よ」
そう言うと、誰も居なかった空間にウィンディーネが姿を現した。しっかりと服を身に纏っているので、それも身体の一部、もしくは魔法で創り出した服なのだろう。