斜陽44
ヒヅキが扉を叩くと、中に居た冒険者の一人が扉越しに応対する。
「この部屋の者宛てにと、使いを頼まれたのですが」
それにヒヅキは困ったような、少し弱弱しい感じの声を出す。
「誰にだ?」
「名前までは分かりませんが、男性の方でした。多分、兵士の方だと思うのですが……」
「他に何か言われたか?」
「いえ、この箱を渡せば分かると仰られて」
「……箱?」
怪訝そうにそう声を出すと、冒険者は扉の鍵を開けて、頭が通るか通らないかぐらいの幅だけ扉を開いた。
そうしてヒヅキを確認しようと、冒険者は隙間から顔を覗かせ、その後にヒヅキが持つ小箱に目を落とす。
「それか。そこに置いて立ち去れ。ほら、駄賃ぐらいはやるから」
冒険者は、ヒヅキの足下を指差しそう指示すると、扉の間から少しだけ手を出し、ヒヅキへと一枚の硬貨を投げた。
ヒヅキはその瞬間を逃すことなくその手を掴むと、瞬きするより短い時間で、冒険者の手首へと針を突き刺した。
「なにごッ!!」
最期に一瞬、僅かに大きめの声を出した冒険者であったが、直ぐに静かになった。
幸い、冒険者の最期の声は聞こえなかったのか、室内の他の冒険者は反応を示さない。周囲の部屋の宿泊客も、反応した者は確認出来ない。
ヒヅキは、そのまま冒険者を静かに横たえ扉を開くと、気配を殺して中へ入っていく。
二人の内一人は既に寝ているようで、布団の中であった。もう一人は、何かの本を夢中になって読んでいる。
ヒヅキは薬を塗った新しい針を刺しやすいように持ち直すと、まずは起きている方へと近づき、読書に夢中で無防備な首筋へと突き刺した。
二人目を始末したヒヅキは、残った仰向けに眠っている冒険者の首へと針を突き刺そうするが、僅かに開いている口元へと目が行き、試しに口の中へと薬を一滴垂らしてみた。
「ん」
突然口腔内に入ってきた液体に、冒険者は口を閉じてもごもごと口を動かすと、また寝息をたてはじめる。
それから数秒ほど観察すると、突然、目をカッと見開くと同時に、両手で首を押さえたかと思うと、大きく息を吸って、小さく吐き出した。
「……………………」
更に数秒観察したヒヅキであったが、動く気配も呼吸をする様子もなかったので、部屋を後にする。
去り際に二人目の男が熱心に読んでいた本が気になったヒヅキは、倒れている男の下敷きになりながらも、半分ほどはみ出している部分に目を向ける。
「…………」
そこには、男性と女性がまぐわっていると思しき絵が書かれていた。
ヒヅキは思わずため息でもつきそうになるのを堪えて扉まで戻ると、そこで倒れている冒険者を完全に室内まで移動させて、部屋を出て扉を閉める。
部屋を出ると、置いていた背嚢を回収して小箱を仕舞ってから、次の標的が宿泊している部屋へと移動する。
(ここは一人、か)
中の気配が1つしかないのを確認したヒヅキは、扉の鍵を確認する。
(流石に開いてはいないか)
鍵がかかっているのを確認したヒヅキは、周囲の気配を探り誰も来ない事を確認してから、刀身が薄く短い光の剣を現出させて、鍵を切断した。
(ほぅ)
それで何かに気づいたらしい中の冒険者が、扉の方に意識を向けたのを察知したヒヅキは、内心で感心しつつ、扉の影に隠れながら、扉をゆっくりと開いた。
それでより一層警戒心を高めた冒険者ではあったが、僅かに開いた扉の裏に居るヒヅキの姿は、室内からは確認出来ない。
そのまま、人一人が余裕で通れる幅まで扉を開くと、ヒヅキは脚力を強化させて、一瞬で室内に侵入する。
「何も、がッ!」
警戒していた冒険者がヒヅキの接近に気がついた時には、既に喉元に針が刺さっていた。
そのまま倒れる冒険者を受け止め、ヒヅキはそっと床に置く。
部屋を出ると、鍵を切断したとはいえ、一応まだ閉まる扉を閉じて、次の部屋へと移動する。
それから3階と2階の全ての標的の冒険者を始末したヒヅキは、出来るだけ存在を消しながら、1階の酒場まで下りてきた。