斜陽42
「それは余計な差し出口でした」
「いえ。気にしていませんよ」
サファイアは嬉しそうに笑う。
「ああ! そういえば、昨夜傭兵達を殲滅したのはヒヅキさんでしょう?」
「昨夜? ああ、多分そうですね」
「相変わらずお強いですわね。傭兵とはいえ、冒険者ですのに」
そんなサファイアの言葉に、ヒヅキは肩を竦める。
「あれはそこまで強くはなかったですよ。私の襲撃に気がつく者も居ませんでしたし」
ヒヅキの言葉に、サファイアは驚いた表情を浮かべた。
「ヒヅキさんには、今までに何度も驚かされてきましたが、それでもまだ驚かされてしまいますわね」
「そうなんですか?」
「ふふ。ここでの最初のお話しで分かっていましたが、それでも、冒険者に気づかれる事なく、あの数を殲滅できるとは、流石としか言えませんわね。そこまでお強いと、もっと好きになってしまいますわ」
おかしそうに笑うサファイア。
「私が強いと言うよりも、あの傭兵達が弱かっただけですよ。あれがサファイアさんやシラユリさんぐらいの強さがあれば、こうも上手くはいきませんでした」
「私達でも同じ結果だったと思いますわよ」
「それでも、気づかれはしたかと」
「あら! 否定はしてくださらないのね?」
悪戯っぽく笑ったサファイアに、ヒヅキは苦笑めいた笑みを浮かべる。
「ふふ。冗談よ。私達ではヒヅキさんに勝てないのは事実ですもの」
「お二人共、私が出会った冒険者の中でもとてもお強い方々ですよ」
「うふ。気を遣わせてしまったようね。ありがとう」
嬉しそうに笑うサファイアに、ヒヅキは困ったように窓の方に目を向けた。
「もうこんな時間ですか。私はそろそろ戻りますね」
外はもう薄暗く、そろそろ夕暮れどころか、もうすぐ夜になる頃であった。
「あら? 折角だから泊まっていけばいいですのに」
「もう宿泊先は決まっていますので、そういう訳には行きませんよ」
「あら、それは残念ね」
実際には決まっていないのだが、丁度いい断り方なので、ヒヅキはそういう事にしておく。
「それで、そろそろ帰りたいのですが……」
ヒヅキは、自分に寄りかかっているサファイアへと、離れてほしいと目を向ける。
「……もう少しこうしていたいのですが、しょうがないですわね」
名残惜しそうにしながらも、サファイアは渋々ヒヅキから離れていく。
「それでは、私はこれで」
サファイアが離れたところで、ヒヅキはそう言って出口へと向かう。
「また、会えませんか?」
「明日にでもここを出ようと思いますので」
「……そうですか。道中、お気をつけくださいね」
「ありがとうございます」
ヒヅキはサファイアに見送られて外に出ると、そのまま宿屋を後にする。
「さて、これからどうするか……」
宿屋からしばらく移動したところで、もうすぐ完全に夜になる薄暗い空を見上げて、ヒヅキはそう呟く。
(シロッカスさんのところに戻るのもな。かといって、これから南門に行っても、門は閉まっているだろうし)
空を見上げながら、ヒヅキはどうしたものかと考える。
(ああ、そういえば、目障りな羽虫を駆除するのを忘れていたな)
それを思い出したヒヅキは、ずっと捉えていた気配を追って、静かに移動を開始する。
(まずは連絡係の裏切り者達からかな)
日中に捉えた三つの気配へと、近い順に向かっていく。
(ん? この方向は……プリスさんの家か?)
ヒヅキに声を掛けた女性の気配が在るのが、プリスの家付近であることに気がついたヒヅキは、少し思案する。
(確かプリスさんの部下だったか。流石にあそこで駆除するのは止めておくか)
そう判断したヒヅキは、先に残りの二つを始末することに決める。幸い、二つの気配は近い位置に固まっていたので、直ぐに済みそうであった。それが終われば、次はあの場に残っていた冒険者達の駆除へと着手していく。